意地悪な副社長との素直な恋の始め方
手渡されたのはひと切れが個包装された、シンプルなプレーンのパウンドケーキ。透明な袋には『コケッコー農園』と書かれたヒヨコのシールが貼ってある。
「ここのプリンが好きだって言ったら、夕城が買ってきてくれるというから、頼んだの。いま、うちの冷蔵庫にはコケッコー農園のプリンがぎっしり詰まってるのよ! 毎日一個ずつ食べるられるのよー。うふふ……」
何だかんだ言って、月子さんは夕城社長をすっかり使いっ走りにしている……のではなく、頼りにしているようだ。
「あそこのプリン、美味しいですもんね」
「わたしの体調が万全になったら、また行きましょ?」
「はい、ぜひ」
「ところで偲月さん。わたしのせいでダメになっちゃった朔哉とのデートは……やり直せた?」
眉尻を下げ、申し訳なさそうに訊く月子さんに、それどころか絶賛喧嘩中とは言えず、「まだですけど、そのうち……」と曖昧に微笑む。
「芽依さんの告白を聞いて、今度こそ、あの子も深ーく反省していると思うんだけど……。素直に謝ったかしら?」
「はい」
「まあ、すぐに許してあげなくてもいいとは思うけれど。ただ、仕事が忙しくなると思った以上にすれ違ってしまうから。仲直りするのは、早めがオススメ」
「そう、ですね」
わたしと朔哉は、もともとの行動範囲がちがう。接点を持とうとしなければ、あっけなく疎遠になることはすでに実証済みだ。
今回の『Claire』の仕事がなくなれば、月子さんという接点があっても、顔を合わせることもなくなってしまうかもしれない。
その方が、きっと心の平穏は保たれる。
もう、荒々しい感情の波にさらされずに済む。
このまま時間が経てば、過去にできるかもしれない。
でも、それを望んでいると言い切れない気持ちが、モヤモヤとわだかまっている。
いっそのこと、本当に大キライになれたら、どんなに楽なことか。
いまもまだ、朔哉を好きだという気持ちを、目に付かないところまで思いっきり放り投げてしまいたい。