意地悪な副社長との素直な恋の始め方
わたしを見下ろす朔哉の表情は、真剣を通り越して必死だ。
「偲月、俺は……」
ためらいがちに伸ばされた手がわたしの頬に触れようとした時、芽依が誰かと話す声が聞こえ、躊躇いがちに朔哉を呼ぶ。
「副社長」
「いま行く」
イングリッシュガーデンの奥から現れたのは、施工業者と思われる作業服姿の男性だ。
切羽詰まった表情で、しきりにタオルで額の汗を拭っているから、何かトラブルが発生したのかもしれない。
「契約書は、望月所長も目を通す必要があるから、事務所に送る。正式な契約は、改めて弁護士同席のもと、行いたい」
「わかった」
「じゃあ、明日……」
「うん」
朔哉はわたしに背を向けると同時に副社長らしいゆったりとした笑みを浮かべ、男性へにこやかな挨拶を送り、並んで歩き出す。
(もうちょっとゆっくり話したかったけど……しかたない。明日、いろんなことを話せればいいか)
まだぎこちなくはあるけれど、わたしも朔哉もこのままでいいとは思っていない。
それが確かめられただけで、十分だ。
(朔哉といると、いつもいろんなことを飛ばして、結論から先に確かめてるみたいなところがあるから……じれったくても、こんな風に時間をかけて、少しずつ近づいていくことも、必要なのかもしれない)
そんなことを考えていると、少し遅れて朔哉たちの後に続いた芽依が、途中でくるりと振り返り、こちらへ戻って来た。
「偲月ちゃん」
「芽依、」
何を言われるのか、何をされるのかわからず、思わず身構えてしまったが、芽依は手にしていたファイルの一つを差し出す。
「これ……読んでみて。きっと、お兄ちゃんの気持ちがわかると思うから」
「え?」
手渡されたのは、記事のドラフトと思われるものだったが……どう見ても日本語ではない。
英語ですら、なさそうだ。
(これ、何語!?)
「フランス語。日本語に翻訳されたものもあるんだけど、お兄ちゃんの手が入って、かなりの部分がカットされたり、言い回しが変えられたりしているから……そんなに難しくないと思うから、頑張って読んでみて?」
「う、うん」
頷いたものの、「頑張って」読めるような気がしない。
「これくらいじゃ、ぜんぜん、償いになんてならないと思うけど……ごめんね、偲月ちゃん」