意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「さ、」
手を挙げ、呼びかけようとして言葉を呑み込む。
わたしを認めた朔哉は、険しい表情のまま大股でやって来るとがっちり腕を掴んで捕獲し、短く訊ねた。
「何があった!?」
「え、と……電車が、車両トラブルで二駅前で止まっちゃって。タクシーは行列が出来てたし、バスでは間に合わないし……、で、歩いて来たの」
「連絡すれば、迎えに行った」
「それが……その、スマホの充電が……切れちゃって……」
「…………」
わたしの言い分を聞き終えた朔哉は、はあ、と大きな溜息を吐く。
「あの、遅れて、ごめん」
「偲月のせいじゃないだろ」
「そうだけど、でも、」
「髪はぐしゃぐしゃだし、服には葉やら泥やらが着いてるし、怪我をしている様子はないが……事故か何かに巻き込まれたかと思った」
「え!」
自分の恰好を見下ろせば、たぶんツツジの茂みを探った時についたのだろう。
ワンピースには葉っぱや小枝がひっかかり、靴は泥だらけ。手で髪に触れると……解けかかっている。
「あっちに化粧室があったから、直してくるといい」
「う、うん、ごめん、ちょっと待っててくれる?」
慌てて駆け込んだ女性用トイレで、鏡に映る自分の姿を目の当たりにし、しゃがみこみたくなった。
(ひ、ひどい……こんな恰好で、朔哉に声をかけたなんて……シゲオに絞殺されるレベル……)
寝起きかと思うほど、髪はボサボサだし、ワンピースはあちこちに葉っぱやら小枝やら、花びらやらが散っていて、斬新すぎるデザインに様変わりしている。
個室でワンピースを脱いで余計な装飾品を取り除き、靴についた泥を拭う。
髪は、ポニーテールにまとめ直し、汗で落ちかけた化粧を直す。
家を出た時と同じとまではいかないが、取り敢えず見苦しくはない程度に修復できた。
(これなら……大丈夫……って……ない!?)
ホッとしかけて、右の耳に足りないものがあることに気がついた。