意地悪な副社長との素直な恋の始め方


かわいそうに。
朔哉のこの様子では、会話するどころではないだろう。

でも、逆に言えば……会話以外のことならできそうだ。


「ねえ、気が紛れることしてあげようか?」

「……イヤな予感しかしない」

「ひどい言われよう……わたし、朔哉みたいに意地悪じゃないけど?」


目を開け、眉を引き上げる彼に身を寄せる。

警戒のまなざしを受けながらキスすると、目を見開かれた。


「イヤだった?」


答えは、キスで返ってきた。

触れ合う唇の柔らかさ、控えめに絡められる舌、甘い吐息とリップ音。布越しに伝わる体温――外の世界を忘れるのに、これほど最適な行為はない。

観覧車でのキスを目論むカップルの気持ちが、よくわかる。


「……怖くなくなった?」

「いや。余計に早く降りたくなった」

「は?」

「さすがに、ここじゃキス以上のことはできない」


朔哉がニヤリと笑う。
何を、と訊かずともわかる。


「何ですぐ、そういうことを言う……」

「煽ったのは、偲月だろ」

「煽ってない! 怖がってる朔哉を宥めようとしただけ」

「素直になれ」

「朔哉に言われたくない」


すっかりいつもの調子を取り戻した朔哉が、憎たらしい。

このまま彼に主導権を明け渡すのは悔しくて。

いましか言えないこと、いま言わなきゃいけないことがある気がして、いつの間にか解いたわたしの髪を弄ぶ彼の手を取る。


「この世で、朔哉ほど自分の思うようにならないひとはいない」

「それは、俺の台詞だ」

「朔哉のほかに、こんなにもわたしの感情を揺さぶるひとはいない」

「それも」

「だから、毎朝、一日の始まりには朔哉の顔を見たいし、毎晩、一日の終わりには朔哉に抱きしめられて眠りたい。それ以上の幸せが、この世にあるとは思えない」


ハッとした表情になった朔哉は、わたしの言葉が彼自身の言葉だと気づいたようだ。


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