意地悪な副社長との素直な恋の始め方
恋と恋じゃないもののちがい
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観覧車デートのあと、帰って来た朔哉のマンション。
見慣れた玄関ドアを前にした途端、動悸が激しくなる。
(な、なんか緊張するんだけど……)
朔哉の部屋は、何度も訪れているし、住んでいたこともある。
なのに、何故かドキドキしてしまうのは、ずっと手を繋いだままだからだろうか。
「お邪魔、しまーす」
朔哉が開けてくれたドアを潜り、誰にともなく呟いた瞬間、頭上から冷ややかな声が降って来た。
「ちがうだろ」
「え、何が?」
半分靴を脱ぎかけた中途半端な状態で振り仰ぐと、ぎゅっと眉根を寄せた朔哉がこちらを見下ろしている。
一体何が彼の不機嫌のボタンを押したのかわからず、首を傾げる。
「家に帰って来た時に言うのは、別の言葉だろ」
「……ただいま?」
そんな細かいことを気にするなんて、と呆れかけた目に、嬉しそうに笑う朔哉が映った。
(な、なんて顔するのよぉ……)
ただでさえ落ち着かない心臓が、ますます落ち着きをなくす。
でも、たったそれだけのことでドキドキしているのを知られるのはちょっと悔しい。
「ちょっと朔哉! ただいまって言ったんだけど?」
「ああ。言ったな」
「ああ、じゃない! 言うことあるでしょ!」
「言うことはない。することはあるが」
「は? ちょ、……む、」
重なった朔哉の唇に、抵抗をしようと思ったのは最初の三秒だけ。
ここは玄関だ、と言う理性の声は、キスの気持ち良さにかき消される。
抱き上げられて脱ぎかけの靴が落ちた、と思ったら、あっという間にリビングのソファーの上にいた。
息を継ぐ僅かな時間さえ惜しい。
いままでの不足を補うようにお互いの唇を貪り、キスだけでは終われない――そう思い始めたところで、朔哉が身を引いた。
言いたくないけれど、言わなければいけない。
そんな義務感を漂わせながら、わたしに訊ねる。
「……シャワーは?」
「……する」