意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「高校の時のカレシたちとは、三か月ともたなかったじゃない。それが、『セフレ』に操を立てて、しかも何年も関係を続けるなんて、よっぽど好きだってことじゃないの?」


シゲオの言葉は、グサグサと胸に刺さった。
酔って緩んだ涙腺が、だらしなく涙をこぼしてしまう。


「常識とか、暗黙の了解とかを抜きにして、アンタはどうしたいの? どうなりたいのよ? 偲月」


歪な関係を始めたのは、わたしだ。

身代わりでもいいと、思っていた。
それでいいと、思わなくちゃいけなかった。

欲しいものは、どうせ手に入らないから。
いつからか、望むこと自体を諦めるようになっていた。

欲しいと思わなければ、焦がれることもない。
焦がれることがなければ、満たされない想いに苦しむこともない。

仕事も、恋も。
いま手に入るものだけで満足すれば、「それなり」の幸せが手に入る。

そう思っていた。

でも――。


いまのわたしは、幸せとはほど遠い。


「はぁ……思った以上に、重症だわ。まずは、アンタらしさを取り戻すことが先決ね。内側を変えるには、時間が掛かる。でも、外側ならすぐに変えられる。明日は、ショッピングに行くわよ! わたしのコネと伝手を使って、格安でアンタに似合う服を手に入れてあげる」

「でも、お金ない……」

「出世払いでいいと言いたいところだけれど……。そうね、アンタへのレッスンを兼ねて、ヘアメイクをさせてちょうだい。ついては、しばらくうちに住み込みなさい。京子ママとも話したんだけど、当分シェアしてたアパートには戻らない方がいいわ。ナツの男の元カノがこのまま引き下がるとは思えないし」

「そんな、大げさすぎるんじゃ……?」


相手は、女性だ。
たとえ家に押しかけられたとしても、せいぜい罵られるくらいだろう。

そこまで警戒する必要はないのでは、と思ったが、まなじりを吊り上げたシゲオに叱られた。


「何かあってからじゃ、遅いのよ!」

「……すみません」

「ほんと、アンタは危機感が薄いんだから!」

「ご、ごめんなさい……」

「ちなみに、ただの練習台じゃなく、きっちりモデルをしてもらうわよ? ポートフォリオを作るから」

「ポート、フォリオ?」

「黙っていても仕事を回してもらえるほど、この業界は甘くないの。フォトグラファーや雑誌編集者、スタイリスト、ありとあらゆる伝手を使って自分を売り込むには、作品を見せるのが一番。だから、睡眠を確保し、暴飲暴食を避け、ヘルシーな食事を取ること! いいわね?」


ギッと睨まれて、手にしたピスタチオに視線を落とす。


「ねぇ……明日からでいい?」


おずおずと訊ねれば、シゲオは細い眉を引き上げて、重々しく頷いた。


「いいわよ、明日からで。ピスタチオに罪はないものね」



< 49 / 557 >

この作品をシェア

pagetop