意地悪な副社長との素直な恋の始め方
ゲストたちが、開け放たれた扉から出て行くのを見送りながら、横目で朔哉を睨む。
ほどなくして、扉のところで芽依がフラワーシャワーの用意ができたと合図する。
「行くぞ」
「言われなくとも!」
差し出された腕に手を添えて、一歩踏み出した途端、カクンと膝が抜けた。
(こ、転ぶっ!)
花嫁が新たな人生の門出でいきなりつまずくという、なんとも不吉な展開に血の気が引いたが、朔哉の力強い腕がわたしを支えるように胸へ引き寄せた。
「走れるドレスを作る前に、転ばない靴が必要だな」
「なっ……きゃっ!」
ふわりと足が宙に浮き、バランスを失う恐怖で目の前にあるもの――朔哉にしがみつく。
「うっとりした顔で見上げてろ」
「は?」
「たったいま、結婚したばかりの花嫁は、幸せそうな顔をしているはずだろ」
「そうだけど、」
お姫さま抱っこ、というのを一度くらいは経験してみてもいいんじゃないか、とは思う。
でも、それはいまじゃない。
情けないし、恥ずかしい。
とても顔を上げていられず、つい俯こうとした耳に、朔哉が囁いた。
「立っていようと、座っていようと……抱き上げられていようと、いまの偲月は最高の花嫁だ。だから、顔を上げて、前を向け」
その言葉で、いまのわたしは『花嫁』ではなく、『モデル』だったと思い出す。
(仕事……これは、仕事なのよ!)
これ以上朔哉に振り回されまいと、にっこり笑ってその顔を見上げる。
「……誰のせいでこうなったと思ってるのよ」
「しかたないだろ。結婚したいと思っている相手が、着せたいと思っていたドレスを着て、祭壇の前にいるんだ。キスせずにいられるわけがない」
わたしを見下ろす朔哉の顔には、「うさんくさい」笑みが貼り付いている。
「だからって、何度もすることないじゃない」
「あれでも控えめにした」
「十回もしたくせに!」
「数えてたのか? ずいぶん余裕だな。じゃあ、下ろしても歩け……」
「余裕じゃない!」
下ろされかけて、慌ててその首にしがみつく。
傍からは、きっと十分イチャイチャしている新郎新婦に見えるだろうと思いつつ、朔哉の肩越しにガランとしたチャペルを見渡して、カメラを担いで出て行こうとしているスタッフに目が留まった。
ダークグレーのスーツを着たシルエットには、なんとなく見覚えがあるような……。
わたしが見ていることに気づいたのか、振り返って軽く手を挙げたその顔には、いたずらが成功した子どものような、得意げな笑みがあった。
(り、流星さんっ!?)