意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「朔哉、あのカメラマンっ!」
「無名だが、流星監督直伝なだけあって、センスがいい」
「そ、そういうことじゃ……」
「スチールだけでなく、ムービーも撮れる社員はなかなかいないから、重宝している」
「まさ、まさか、最初から……」
「そこまで無謀じゃない。昨日、双子の父親になったらしい」
相手は誰か探るまでもない。
彼の周りで双子といえば一組しかいない。
「いつの間にそんなことに……」
「いつの間に、ではなく、ようやくだろ。二年も同居していたんだから」
「いや、そうだけど、でも急すぎる……」
「来年には、さらにもう一人増える予定らしい」
(そういうことか……)
子どもが出来たから仕方なく結婚するのだとは思わなかった。
きっと、二人が自分の気持ちに素直になれるきっかけが、ようやく出来たということなのだろう。
「たとえ仮でも、別の相手と結婚する姿を見せられるのは、気持ちのいいものではないだろう。子どもにとっては、特に。だから、花婿役をクビにしたんだ」
「……いつ、知ったの?」
「挙式の始まる三十分前だ。双子が嬉しそうに、母さんに報告しているのを聞いた」
「でも、代役のアテはあったの?」
「最初から、代役を立てる気はなかった」
「え?」
意外すぎる返事に目を瞬く。
「偲月と拗れていなければ、最初からこの場を借りて式を挙げるつもりだった」
「…………」
「だから、すべて予定どおりだ」
驚きすぎて、しばし止まっていた息が、怒りと嬉しさ、恥ずかしさと悔しさ、いろんな感情と共に復活する。
「それならそうと、言ってよ!」
「いつも予測不能な行動をするのは偲月の方だろ。たまには、俺の気持ちも味わえばいい」
「わざとやってるわけじゃないし!」
「無自覚なのが一番性質が悪い。ちなみに、サプライズは、最後まで秘密にしているからサプライズになる。偲月の驚く顔も好きだ。面白い」
「おも、面白いって……信じらんない」
「人の目があると、キス程度で照れるところも好きだ」
「あれ、十回もしたのわざとなのっ!?」
「わざとじゃない。気がついたら、していたんだ」
涼しい顔で、平然と言い逃れを口にする朔哉に、腹が立つ。
でも、わたしを見下ろす彼の顔に浮かんでいるのは、本物の花婿のように嬉しそうな笑みだ。
気がつけば、通路の終わり、明るい日差しが降り注ぐ開け放たれた扉まで来ていた。
チャペルの外、階段からイングリッシュガーデンへと続く道の両脇には、花びらの入った籠を手にした笑顔のゲストたちが並んでいる。
階段の上で立ち止まった朔哉は、彼の腕の中にいるわたしを見下ろして、最後の問いを投げかける。
「模擬披露宴で、事情があって急遽俺が代役を務めることになったと説明することも可能だ。この結婚を『本物』にしたくないなら。偲月は……どうしたい?」
わたしの望みはわかっているくせに、そんな選択をさせるなんて、朔哉はとことん意地悪だ。
彼の思うとおりの返事をするのは悔しくて、それでも、心にもないことは言えなくて、
「……こうしたい」
言葉で伝える代わりにキスをした。