意地悪な副社長との素直な恋の始め方




「母さんは退院したら、そのまま夕城の家に戻るだろうし、紗月さんも呼んだらどうだ?」

「あー、それは無理かも」

「どうしてだ?」

「いま、十三回目の結婚相手と新婚旅行中だから」

「……いつ結婚したんだ?」

「昨日? ラスベガスで結婚式したって、写真送られて来た。相手は……」


『結婚しちゃった!』というメッセージと共に、昨日の真夜中に送られてきた十代と言われても通りそうな青年と、母がキスをしている写真を見せると朔哉は目を見開いた。


「犯罪じゃないのか?」

「さすがにそれは大丈夫だと思う」

「これを義父と呼ぶのは……」

「大丈夫。日本に帰りたくなったら、別れると思うから。今回の長期休暇は一か月って言ってたし、そのころには終わってるでしょ」

「…………」


相変わらず恋多き母だが、あの日は、珍しく母親らしいことをしてくれた。

模擬挙式が終わり、模擬披露宴までの間、わたしの着替えとメイク直しで戦場のようになっている控室にやって来た母に、流星監督のことを訊ねると、『そうよ。あの人が偲月の父親よ』とあっさり白状した。


母の演技の下手さ加減に激怒し、クビを言い渡した流星監督だが、事務所のマネージャーにも叱られ、落ち込み、しばらく引きこもっていた母を心配して、謝りに来てくれたのだという。


『流星監督は、わたしは女優に向いてないけれど、モデルには向いていると言ってくれたの。わたしが所属していた事務所も、マネージャーも、向いていないとわかっていても、本人がイヤがっていても、お金になると思えば強制的にやらせる。断ったら切る、そういうところだったのよ。だから、親身になって、わたしのためを思ってアドバイスしてくれたことがとても嬉しかった』


すっかり流星監督と和解し、心を開いた母は、監督を好きになってしまったのだという。


『監督が結婚していることは知っていたし、身体だけの関係でもいいと思ってた。でもね、やっぱり「それだけ」じゃいられないのよね。ちょうどその頃、奥さまが体調を崩されているらしいって噂を耳にして、やめようと思ったの。待って尽くす女なんて、性に合わないし。それに……偲月を妊娠したから。奥さまのことで頭がいっぱいな監督に、これ以上負担をかけるのは申し訳ない。中絶もしたくない。だから、ひとりで産んで、育てることにしたの』


その頃、母には同じシングルマザーの道を選んだ友人が何人かいて、出産前後の大変な時期を助けてもらったのだという。


『わたしが勤めている会社の社長は、そんな友人のひとり。だから、恩返しの意味も込めて、彼女の会社で働いているのよ』


知らなかった、知ろうとしなかった母の過去、自分が生まれた経緯に、驚き、そしてどうしてあんなに流星さんのことを無条件で頼りにできたのか、ストンと腑に落ちた。

その後、監督とわたしの母の過去、わたしが異母妹であることを聞いた異母兄ーー流星さんは、怒るでも呆れるでもなく、笑った。


『どーりで、偲月のことが気になるはずだ。妹分じゃなくて、妹なら、この先遠慮なくイジれるよな。でもって、朔哉には俺のことをお義兄さんって呼ばせてやる。いい気分だぜ!』


当然のことながら、朔哉は『死んでも流星を「お義兄さん」なんて呼ばない』と言い張ったけれど。


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