意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「でも、副社長は偲月ちゃんのこと気に入ってるよね?」
「……は?」
思いもよらぬ彼女の言葉に、手が止まった。
「総務部オフィス周辺での副社長目撃率って、めちゃくちゃ高いんだから。この前はわざわざ声をかけて来たし。知ってた? 総務部長や課長が副社長に呼び出されて、社員たちの状況を訊かれる回数、他の部に比べてダントツに多いって」
「そんなの、総務が一番いろんなことしていて、部下の仕事を把握するのが大変だからでしょ」
そんな空想が繰り広げられるのは、あの日朔哉が声を掛けてきたせいだろう。
バイアスのかかった目で見れば、なんの意味もない偶然もそれらしく見える。
しかし、サヤちゃんはやけにきっぱり否定した。
「それだけじゃないと思う!」
「根拠でもあるの?」
「社食のメニューよ」
「は?」
「偲月ちゃん、カレー好きだよね?」
「う、うん?」
大学生の頃、バイト三昧の節約生活の中、調理の手間が省け、栄養たっぷりで、しかも作り置きのできるカレーは定番メニューだった。
さすがに毎日同じ味では飽きるので、スープカレー、キーマカレー、ココナッツミルクベースのカレー、スパイスたっぷりのインドカレーなどなど、いろんなカレーをマスター。レパートリーや味のバリエーションを拡げるため、専門店を食べ歩いたりもした。
いまでも、週に一度は自宅で作らずにはいられないくらい、カレーを愛している。
「前まで、社食のカレーはカツカレーしかなかったのに、いまでは具材だけでも、チキン、ポーク、ビーフ、ベジタブルオンリーと充実。おしゃれなスープカレーもあれば、インドカレーにスリランカカレーもある。ライス、ナン、ロティまで選べるし、雑誌で取り上げられるほどのクオリティ。突然どうしたのかと思って社食のオバちゃんに、訊いてみたら……。なんと、副社長のリクエストだって言うじゃない!」
「だから?」
「偲月ちゃん、カレーは好きだけど、カツカレーは食べられないって言わなかった?」
「言った……かも」