意地悪な副社長との素直な恋の始め方
カレーは好きでも、カツが載っているというだけで、敬遠してしまう。

母があまり料理をしなかったので、小学生の頃から自分で料理をしていた。
片付けや調理に手間がかかる揚げ物を自然と避け続けた結果、出されれば食べるが、好んで食べようとは思わなくなったのだ。
たまに、お店で揚げたての天ぷらや揚げ出し豆腐を味わうくらいで、満足している。


「いや、でも、カレーでしょ? カレー好きはわたしのほかにもゴマンといるし……」

「それに、自販機!」

「自販機?」

「あの、怪しげなチェックの黄色い缶! アレ、偲月ちゃん以外に買ってる人見たことないんだけど?」

「や、自販機で売ってるってことは、需要があるってことでしょ?」


しょうが、水あめとハチミツの味がほどよく混じった純和風のドリンクは、日本各地を転々とした幼少時代にハマった逸品だ。

なぜか一部地域を除いてマイナーで、総務部のオフィスから一番近い自販機にあるのを発見した時は(しかも卸値)、小躍りするほど嬉しかった。


「あの怪しげなジュースがラインナップに加わったのって、偲月ちゃんが入社してからだって裏も取れてる」

「いや、でも、カレーやジュースくらいで……」

「営業部の田崎さん。最近、見かけないでしょ?」

「う、うん?」


彼には、入社直後から社食で絡まれたり、総務部へ来るたびに食事に誘われたりしていた。

やんわりとお断りしていたのだが、ある日資料室という密室で、あからさまに言い寄られた。
身体に触ろうとまでしてきたので、頭突きをかまそうとした瞬間、サヤちゃんが現れて、事なきを得たのだが。

それ以降、彼の姿を見かけなくなったので、てっきり次のターゲットを見つけたのだろうと思っていた。


「田崎さん、最北の営業所に飛ばされたの。副社長直々の異動命令で。しかも、二度と戻ってくるなと引導を渡したんだって。彼の被害に遭った女子社員たちは快哉を叫んで、ますます副社長ファンが増えたんだから!」

「…………」

「それから、偲月ちゃんに『ちやほやされていい気になるな』と言いがかりつけてきた秘書課の古株女性社員、憶えてる?」

「う、うん?」


入社したての頃、ほかの部署の女子社員――特に、秘書課の美女に目の敵にされ、陰口を叩かれていた。


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