意地悪な副社長との素直な恋の始め方
振り返った先には、仕立てのいいスーツに身を包んだ、ハニーブラウンの髪に真っ青な瞳を持つ青年がいた。
「ダニエル」
声をかけてきたのは、ダニエル・ウォード。
巨大ホテルグループの創始者一族出身で、このホテルを含め、西海岸地区に散らばる『ウォード・インターナショナル』傘下のホテルを統括する立場にある人物だ。
同い年で同じ業界に属するという共通点もあって、何度かパーティーなどで顔を合わせるうちに親しくなり、いまでは気安く冗談も言い合える間柄だ。
若いながらも、その優秀さは折り紙付き。彼の発言で、まとまりかけていた話が白紙になった……という話も聞く。敵には回したくない一人だった。
差し出された手を握り、椅子から下りようとしたが「そのままで」と止められる。
「メイと待ち合わせなんだろう? 彼女が来るまでの間、少しいいかな?」
「もちろん」
並んで座ったダニエルは、俺と同じものを注文し、軽くグラスを掲げて乾杯する。
「ずいぶん日本語が上達したんじゃないか?」
両手では足りないくらいの言語を操れるダニエルだが、日本語にはかなり手こずっていた記憶があった。
それが、ずいぶん流暢に話せるようになっている。
「女性を口説くには、その女性に響く言葉を知らなくちゃならないからね。必死に勉強したんだよ」
「今度のお相手は日本人か。そこまでするなんて、相当ご執心なんだな?」
「手強い相手だからね」
「手強い? ダニエルが落とせない相手なんているのか?」
超がつく御曹司の彼には、浮いた噂が絶えない。
ハリウッド女優、スーパーモデル、大富豪の未亡人、資産家令嬢、政治家の娘……世界各国の女性が、彼の「恋人」の座を狙い、あわよくば「妻」になろうと画策している。
しかし、自分の価値を十分知っているダニエルは、刹那的な関係には応じるが、それ以上の関係を築こうとはしない。
いずれ、一族にとって有益で、彼の野心の邪魔にならない、しかるべき家柄と経済力を後ろ盾に持つ女性を選ぶのだろう――そう思っていたから、驚いた。
「いるよ。彼女は、たったひとりの男しか目に入らず、僕を見てもくれないんだ。恋人の地位を狙う前に、まずは友だちの地位を狙わなくちゃならなかった。デートしてもらうのに半年以上もかかったのは、初めてだよ」
「ダニエルらしくない。ずいぶん、まわりくどいことをしてるんだな?」
「一体、誰のせいだと?」
じとっとした目で、見つめられた。
相手の名に思い至り、いつの間にそんなことになっていたのだと、愕然とする。