意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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元高級クラブのホステス、京子ママが経営する「ラウンジ・バー風見」の客層は、羽振りのよいオジサマから若い女性までと幅広い。
お酒を飲みつつ美女と会話を楽しみたいお客さまもいれば、京子ママの弟で、イケメンバーテンダーである征二さんが作るカクテルのファンで、純粋にお酒を楽しみに来るお客さまもいる。
そんな多種多様なお客さまの共通点は、お酒のたしなみ方を知っているということ。
他のお客さまの迷惑になるほど泥酔したり、スタッフに絡んだりするようなひとは、いなかった。
一見さんお断り、というわけではないけれど、新規のお客さまはほぼ常連さんの紹介なので、自然とお店の雰囲気やマナーが保たれているようだ。
夜のお仕事初挑戦のわたしにとって、客層がよいのはありがたい。
とは言え、楽勝! だなんて、思えない。
『だいぶお店の雰囲気にも慣れたみたいだし、明日の夜ちょっとだけ、わたしのヘルプに入ってもらおうかしら』
ジョージ、もといシゲオの鞭が九割九分九厘、飴がほとんどない厳しい指導の賜物か。
昨日の帰り際に、京子ママがそんなことを言い出した時は、心臓がバクバクして酸欠になりかけた。
皿洗いや会計などの下働きをしながら、スタッフと常連さんの遣り取りを観察し、顔と名前は記憶していたけれど、キレイなドレスを着て接客するとなると話は別だ。相手が常連さんで、あまり年齢が変わらない朗らかな青年であっても、緊張せずにはいられない。
「あはは! そんな話、本当にあるんだねー」
すっかりネタと化しているわたしの「全財産持ち逃げされた事件」を聞いて、IT関連企業の社長だという福山さんは豪快に笑った。
「ほんと、昔っからこの子はツイてないみたいで……」
横にいる京子ママは、わたしが自虐ネタにしている「これまでのツイてない人生」を付け加える。
「小学校の卒業式の日に、盲腸で入院。中学校の修学旅行は、おたふく風邪で行けず。高校受験では、せっかく私立の有名校に受かったのに母親が入学金を納入し忘れて、結局二次募集の公立高校に行くことに。大学生になってひとり暮らしを始めたアパートは、入居早々、上の部屋の水漏れで新品の家電製品が全滅。大学卒業間近、内定をもらっていた会社が倒産。なんとかコネでいい会社に入ったけれど、いまや全財産を失って、こうしてダブルワーク中。これ以上の不幸に見舞われるのはかわいそうでしょう? だから、どうか昼間に彼女を見かけても、知らぬフリをしてくださいね?」
「も、もちろんだよ。それにしても……ある意味ものすごく引きがいいんだね。宝くじとか買ってみたらどう?」
福山さんはおしぼりで涙を拭いながら、役に立たないアドバイスをした。
言われるまでもなく、そう思って買ってみたことがある。
当然のことながら当たらなかったけれど。
子どもの頃から、アイスのおまけすら、当たったことが一度もないのだ。
肝心なところで何かが起きて、すべての計画や努力、予定が水の泡と消える人生だとつくづく思う。
それでも、こうして何とか生き延びているのだから、ある意味強運なのかもしれないが。