意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ママ、朔哉は素直じゃないんだよ。シーナちゃん、いや、偲月ちゃんか。彼女のことが大事で、心配でも、そうと言えないだけなんだ。勘弁してやって?」
「本当に? お金さえ用意すればそれで終わり、じゃないのよ? この先も、責任もって偲月ちゃんの面倒を見ると約束できないなら、中途半端なことはしてほしくないわ」
じっと見つめる京子ママに、朔哉は固い表情のまま頷いてみせた。
「責任を持って、偲月の面倒を見ると約束する。口約束では信用できないかもしれないが……何かあれば、いつでも連絡をくれてかまわない」
「あら、まぁ……夕城さんの……」
朔哉が渡した名刺を見て、京子ママは目を丸くする。
「言われてみれば、どことなくお父様に面影が似てるわねぇ」
「父がよくこちらの店を利用していることは、聞いていました。いままで、なかなか訪れる機会がなかったのですが、今後はわたしも公私共に利用させていただきたいと思っています」
「それはありがたいお話ですけれど……よろしいのかしら? こんな無礼なママのいる店で」
背筋を伸ばし、態度を改めた朔哉へ、京子ママは茶目っ気たっぷりに微笑んでみせた。
「大人しいだけの女性には、魅力を感じない性質なので」
「気に入っていただけたなら、嬉しいわ。どうぞ今後ともよろしくお願いいたしますね? 偲月ちゃん、そういうことのようだから、もう帰りなさい」
わたしの意思を無視して、話はまとまってしまう。
「え。でも……」
「今度、二人きりでゆっくり食事でもしよう、偲月ちゃん。朔哉の秘密をいろいろ教えてあげる」
ニヤニヤ笑って誘う福山さんに、朔哉が眉を吊り上げた。
「フク!」
「偲月ちゃんと俺をデートさせたくないなら、二人の新居に呼んでくれ」
「誰が呼ぶかっ! 行くぞ、偲月」
「え、ちょ、朔哉……鞄! 服も!」
朔哉に腕を掴まれ、引きずられるようにして歩き出し、このまま帰るわけにはいかないと気がついた。
バックヤードのスタッフルームに、荷物と着替えがある。
「もう用意してあるわ」
そう言った京子ママの視線の先には、征二さんがいた。
お店の出入口に立つ彼の手には、わたしの鞄、服や靴が入っていると思われる大きな紙袋がある。
「ナツのこと、動きがあったら連絡するわ。今度は二人で飲みに来てね? 偲月ちゃん」
京子ママは、朔哉が店に現れた時から、こうなることを見越していたのだろう。
満面の笑みで、わたしたちを見送った。