意地悪な副社長との素直な恋の始め方
巻き込まれた末に……
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店を出ると、征二さんが呼んでくれたらしいタクシーが待っていた。
並んで後部座席に乗り込み、朔哉が告げた住所はわたしの自宅アパートだ。
現在、シゲオの部屋に居候中だが、さすがにこの状況でそちらへ送り届けてほしいとは言えなかった。
真横から、ひしひしと怒りの気配が伝わってくる。
これ以上朔哉を怒らせるのは、賢明な行為とは言えない。
(シゲオには、あとで連絡しておかないと……)
張り詰めた空気に窒息しそうだったが、幸い道路も混雑しておらず、ものの十分でタクシーはアパートに到着した。
「あの、お金のこととか、明日連絡するね。じゃあ……おやすみなさい」
ドアが開いても身じろぎもしない朔哉にもごもごと別れの言葉を口にして、鞄と荷物を抱え、逃げるようにタクシーを降りた。
これまで、ルームシェアをしているわたしの部屋に朔哉を招いたことはなかったし、いまの朔哉とまともな会話ができるとも思えなかった。
日を改めるのがベストだろう。
足早にアパートの階段を駆け上がり、所々コンクリートが欠けている薄暗い通路を歩きながら鞄から鍵を取り出そうとして、ギクリとする。
奥から二つ目、わたしの部屋の前に見知らぬ女性が立っていた。
(だ、誰……?)
白っぽいワンピースを着た女性は、魂が抜けたようにぼうっと立ち尽くしていたが、わたしに気づくとその目を見開き、顔を歪める。
「……この……アバズレっ!」
呆気に取られている隙に、彼女は目の前に迫っていた。
逃げる間もなく突き飛ばされて、壁に身体を打ち付ける。
「いっ……た……」
「ひとのもの、奪っておいて、のうのうと暮らしてんじゃないわよっ! アンタのせいでっ……アンタのせいでっ!」
クラクラしながら正体を確かめようとして、血の気が引いた。
彼女の手の中、淡い街灯に照らされて鈍い光を放つのは、銀色の刃だ。
(に、逃げ、なきゃっ)
いますぐ走って逃げたいのに、足が竦んで動けない。
「アンタなんかっ……!」
振り下ろされる鈍い光に思わず目をつぶった瞬間、誰かに呼ばれた。
「偲月っ!」