意地悪な副社長との素直な恋の始め方
迅速に事態の収拾を図ってくれたことに、感謝してもしきれない。
わたしひとりでは、とてもそこまで対処できなかった。
「ごめんなさい……」
「これくらい当然さ。短い間だけど、偲月ちゃんは家族だったんだし、大事なうちの社員なんだから」
「夕城さんのご家族の方、こちらへどうぞ。先生からお話がありますので」
「あ、はい!」
処置室から現れた看護師に促され、夕城社長が立ち上がる。
家族ではないわたしは、このままベンチで待つつもりでいた。
ところが、看護師はわたしを見て「婚約者の方も、ご一緒にどうぞ」と言った。
「え?」
わたしと顔を見合わせた社長は、「まあ、そういうことにしておこうか」と耳元で囁く。
腑に落ちないまま処置室へ入ると、濃紺のスクラブ姿の男性――Tシャツパンイチ姿ではない、本物の医者らしくなった立見さんがデスクの前にいた。
朔哉はと言えば、Tシャツ姿で右前腕から手にかけて、分厚い包帯を巻かれ、ベッドの上に座っている。
「さ、さくやぁ……」
無事で、意識もしっかりしているその姿を見て、安堵の涙が溢れた。
「いつまで泣いてるんだ、偲月。ほら、鼻をかめ」
朔哉は、ぐずぐずと泣くわたしの手を引いてベッドに座らせると、看護師がくれたティッシュの箱を差し出す。
美しく泣く技術なんて持ち合わせていないから、盛大に鼻をかみ、泣きすぎて腫れているのが見ずともわかる目元を拭う。
抱きついて、彼の無事を直に確かめたいくらいだったが、人前でそうしないだけの理性はまだかろうじて残っていた。
「落ち着け。大した怪我じゃない。かすり傷だ」
「そ、そんなわけな……」
「十センチと五センチ。二か所も縫って、かすり傷とは言わねーよ」
ギロリと朔哉をひと睨みした立見さんは、表情を一変。夕城社長にはにこやかに挨拶した。
「こんばんは、夕城さんのお父さまですね? 彼の処置をさせていただいた、立見です」
「このたびは、愚息がお世話になりまして……」
「偶然、居合わせただけですよ。朔哉さんの怪我ですが、傷は比較的浅く、現時点で神経の損傷は認められません。今後日常生活に大きな支障が出ることはないかと思われます。順調に回復すれば、一週間から十日で抜糸できるでしょう」
「ありがとうございます」
「朔哉さんの婚約者の明槻さんも、大きな怪我はしていません。ただ、軽くですが頭を打ったようなので、念のため今夜はひとりで過ごさないように。明日の朝、お二人そろって受診してください」
「朔哉、偲月ちゃんと一緒に家へ来たらどうだ?」
夕城家なら、通いの家政婦さんもいるし、安心だという社長に朔哉は首を横に振った。
「偲月は俺の部屋へ連れて帰る」
「おまえの部屋?」
「婚約者なんだから、別に不自然じゃないだろ」
朔哉が突然「婚約」なんて言葉を持ち出したのは、立見さんや看護師にわたしたちの複雑な関係を説明するのが煩わしかっただけだと思われる。
しかし、それをいまここで話すわけにはいかない。
社長もそれは理解しているのだろう。
明らかに納得していない表情ではあるが、渋々朔哉の主張を受け入れた。
「では、」
父子の言い合いにとりあえずの決着がついたのを見て、立見さんが処置室の扉を示す。
「何か体調に異変があれば、連絡を。お大事に」
わたしひとりでは、とてもそこまで対処できなかった。
「ごめんなさい……」
「これくらい当然さ。短い間だけど、偲月ちゃんは家族だったんだし、大事なうちの社員なんだから」
「夕城さんのご家族の方、こちらへどうぞ。先生からお話がありますので」
「あ、はい!」
処置室から現れた看護師に促され、夕城社長が立ち上がる。
家族ではないわたしは、このままベンチで待つつもりでいた。
ところが、看護師はわたしを見て「婚約者の方も、ご一緒にどうぞ」と言った。
「え?」
わたしと顔を見合わせた社長は、「まあ、そういうことにしておこうか」と耳元で囁く。
腑に落ちないまま処置室へ入ると、濃紺のスクラブ姿の男性――Tシャツパンイチ姿ではない、本物の医者らしくなった立見さんがデスクの前にいた。
朔哉はと言えば、Tシャツ姿で右前腕から手にかけて、分厚い包帯を巻かれ、ベッドの上に座っている。
「さ、さくやぁ……」
無事で、意識もしっかりしているその姿を見て、安堵の涙が溢れた。
「いつまで泣いてるんだ、偲月。ほら、鼻をかめ」
朔哉は、ぐずぐずと泣くわたしの手を引いてベッドに座らせると、看護師がくれたティッシュの箱を差し出す。
美しく泣く技術なんて持ち合わせていないから、盛大に鼻をかみ、泣きすぎて腫れているのが見ずともわかる目元を拭う。
抱きついて、彼の無事を直に確かめたいくらいだったが、人前でそうしないだけの理性はまだかろうじて残っていた。
「落ち着け。大した怪我じゃない。かすり傷だ」
「そ、そんなわけな……」
「十センチと五センチ。二か所も縫って、かすり傷とは言わねーよ」
ギロリと朔哉をひと睨みした立見さんは、表情を一変。夕城社長にはにこやかに挨拶した。
「こんばんは、夕城さんのお父さまですね? 彼の処置をさせていただいた、立見です」
「このたびは、愚息がお世話になりまして……」
「偶然、居合わせただけですよ。朔哉さんの怪我ですが、傷は比較的浅く、現時点で神経の損傷は認められません。今後日常生活に大きな支障が出ることはないかと思われます。順調に回復すれば、一週間から十日で抜糸できるでしょう」
「ありがとうございます」
「朔哉さんの婚約者の明槻さんも、大きな怪我はしていません。ただ、軽くですが頭を打ったようなので、念のため今夜はひとりで過ごさないように。明日の朝、お二人そろって受診してください」
「朔哉、偲月ちゃんと一緒に家へ来たらどうだ?」
夕城家なら、通いの家政婦さんもいるし、安心だという社長に朔哉は首を横に振った。
「偲月は俺の部屋へ連れて帰る」
「おまえの部屋?」
「婚約者なんだから、別に不自然じゃないだろ」
朔哉が突然「婚約」なんて言葉を持ち出したのは、立見さんや看護師にわたしたちの複雑な関係を説明するのが煩わしかっただけだと思われる。
しかし、それをいまここで話すわけにはいかない。
社長もそれは理解しているのだろう。
明らかに納得していない表情ではあるが、渋々朔哉の主張を受け入れた。
「では、」
父子の言い合いにとりあえずの決着がついたのを見て、立見さんが処置室の扉を示す。
「何か体調に異変があれば、連絡を。お大事に」