意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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病院から朔哉の住むマンションへ向かう車中、夕城社長は今後の対応は弁護士に一任すると話したきり、わたしたちの関係について訊ねることはなかった。
息子が襲われて怪我をしただけでもショックだろうに、派手な恰好をした元義理の娘と実はデキていたなんて、これ以上衝撃を受けたくないと思う気持ちもわからなくもない。
何かあれば遠慮なく連絡するように、との言葉だけを残し、あっさり行ってしまった。
「ずっとここに住んでるの?」
「そうだ」
車を降り、朔哉の住まいを見上げて首を傾げる。
しっかりした造りはわたしの住むボロいアパートとは雲泥の差だけれど、三階建ての低層マンションだ。
わたしが夕城の家を出たあとで、朔哉もひとり暮らしを始めたと聞いていたが、彼の部屋を訪れるのは初めてだった。
「てっきり、セレブらしくタワマンに住んでるのかと思ってた」
「何のために、わざわざ高いところに上らなきゃならないんだ」
「え。だって、高みから見下ろすの好きそう……」
「コンクリートの塊を見下ろしても、楽しくなどない。下界を見下ろしたければ、山に登るべきだ」
「えっ! 朔哉、登山するの?」
「しない。わざわざ苦しい思いをしてまで山に登るヤツの気が知れない。ヘリで頂上に下ろしてもらえば、時間も労力も使わずに済む」
「それは、そうだけど……」
確かにその通りだが、何とも味気ない。
「少しでも目を離すと、どこかの誰かがトラブルに巻き込まれるから、連絡がつかなくなるような場所には行かないことにしている」
「…………」
いつもならムキになって言い返すところだけれど、今夜ばかりは耳も胸も痛くて、何も言えなかった。
「偲月」
俯き、立ち止まったわたしの手を大きな手が包む。
「さっさと来い」
ぐいっと引っ張られ、よろめきながらその横に並ぶ。
外観からはわからなかったが、一つの建物のように見えたマンションは、エントランスを抜けた先の中庭を挟んで左右に分かれていた。
双方の棟を繋ぐのは、吹き抜けになっているエントランス部分だけだ。
朔哉は左手にあるエレベーターホールへ進み、三基あるうちの一基へ乗り込む。
階数を示すボタンはなく、あるのは上下を示すマークのみ。
ものの数秒で上昇を止めたエレベーターを降りれば、目の前にダークブラウンのドアがある。
エレベーターは各部屋専用らしい。
玄関ドアは指紋認証。
高層マンションではなくとも、セレブ仕様だ。
玄関を入り、左手に伸びる廊下を抜けた先は、広いリビングになっている。
家具らしいものは、ソファーセットと壁にかかる大型テレビだけ。
殺風景にも見えかねない部屋の印象を和らげているのは、大きな窓の向こうに見えるライトアップされた庭だった。