意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「空中……庭園?」
「そこまで凝ったものじゃない」
「自分で世話してるの?」
「水やり程度だ。あとは、専門家に任せている」
リビングの奥にはアイランドキッチン。
そのキッチンを背にして、リビングの左右に二つの部屋がある。
右手の部屋には、開いたドアからライティングデスクと壁一面にぎっしり本が並んでいるのが見えた。
「そっちは仕事部屋だから、入るなよ? 寝室はこっちだ」
仕事部屋の向かい、左手の部屋のドアを開けると大きなベッドとウォークインクローゼットがある。
部屋の奥にあるドアは、バスルームに続いているらしい。
「完全に、ひとり暮らし用なのね」
「家族向けではないが、ゲストルームはある。独立したバスルームが付いているから、客を泊めてもプライバシーを侵害されることなく過ごせる」
「じゃあ、わたしはそっちの部屋に……」
「婚約者なら一つベッドで眠るのは当然だろう」
「婚約って……ちょっと待ってよ、まさか本気じゃ……」
驚いて、傍らの朔哉を見上げる。
てっきり、そういうことにしておかないと病院でのアレコレが面倒になるからだろうと思っていた。
「婚約では不足なら、明日婚姻届を提出してもかまわないが?」
「なっ……ちょっと、なんでそんなことっ!」
「いつどこから情報が洩れるかわからない。ゴシップ記事は、一足す一を三にも四にもして書かれるものだ。婚約者でも、恋人でもない相手のアパートで修羅場を演じたとなれば、何と書かれるか想像が着くだろう? 株主総会を控えているいま、スキャンダルを起こすわけにはいかない」
「そ、れは……」
いくら否定し、事実を伝えたところで、より面白くセンセーショナルな話を「真実」にしてしまうのは、ゴシップ誌の常套手段だ。
「もちろん、あらゆる手段を使ってもみ消すつもりではいるが、事が起きる前に手を打っておくのが賢明だ」
「でも……本当に、婚約する必要はないんじゃ……」
「僅かでも穴があれば、そこを突かれる」
「いくらでも言い訳は……」
「俺と婚約するのに、何か問題でもあるのか?」
「で、でもっ! そういう関係じゃないのに、しゃちょ……夕城さんだって、絶対おかしいと思ってるでしょ?」
「一緒に暮らしていた時からの関係だと言えば、さっさと結婚しろと言われるだけだ」
「なっ……まさか、本当のこと言うつもりっ!?」
「下手な嘘を吐いても、どうせバレる」
「でもっ!」
一方的に話を打ち切ろうとする朔哉に抵抗すれば、大きな溜息を吐かれた。
「偲月。医者に言われただろう? 今夜は、誰かが傍にいた方がいい。考えるのは、明日にしろ。とにかく……今夜はいろいろあり過ぎて、正直おまえと言い合う気力は残っていない」
「……ご、ごめん、なさい」
改めて朔哉を見れば、あきらかに顔色が悪かった。
彼に庇われたわたしですら、襲われた恐怖が拭いきれないのだ。
実際に刃物で切り付けられた朔哉が、そう簡単にあの瞬間を忘れられるはずがない。
「ほん、本当に……ごめ、んなさ、いっ」
襲われたこと自体も怖かったけれど、朔哉がもっと酷い怪我をして、もしかしたら殺されていたかもしれないと思うと、止まったはずの涙が溢れ出す。