意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「泣くな。そもそも、まっすぐここに連れ帰っていれば、偲月が襲われることはなかったんだ。店でおまえのルームメイトの話を聞いていたのに。完全に、俺の判断ミスだ」
ぜんぜん責任を感じる必要なんてないのに、朔哉は自らを責める言葉を呟いて、わたしを引き寄せた。
「さく、や、のせいじゃな、い……」
「とにかく……二人とも無事なんだから、問題ない」
「わ、わたしは無事でも、さ、朔哉は無事じゃない……」
「命にかかわるような怪我ではないし、大したことじゃない」
「でもっ……」
「もういいから、黙れ」
広い胸に顔を埋め、慣れた朔哉の匂いに包まれるとホッとして、そのせいでまた涙が出る。
そうしていたのは、ほんの五分、いや十分くらいだろうか。
いつまでもこうしてはいられないと、朔哉の胸に埋めた顔を上げた。
「あの……朔哉、着替える?」
「ああ」
「手伝う?」
「いや、大丈夫だ。偲月こそ……その恰好とその顔をどうにかしろ」
鏡で確かめるまでもなく、自分がひどい顔をしているのは自覚していた。
シゲオの魔法のテクニックとウォータープルーフをもってしても、これだけ繰り返し泣いていたら、化粧はドロドロのぐちゃぐちゃだろう。
ドレスも、たぶんあちこちほつれたり破れたりしているはずだ。
「……うん。バスルーム、借りるね?」
「バスルームに、新規取引検討中のアメニティサンプルがある。使ってみるといい」
「……ありがと」
バスルームは、脱衣所兼洗面所の奥に浴室があり、広々としていた。
洗面台の鏡の横には、宝石のように美しいカラフルな容器が並んでいる。
高級ではないが、若い女性に人気があるブランドだ。
クレンジングオイル、シャンプー、コンディショナーから化粧水や乳液、ボディローション、バスミルクまで。ひと通りのものが揃っている。
ベルガモット、オレンジ、シトラス、バニラ、ラベンダーなど、香りも様々。
どれも気になったけれど、鎮静作用があるベルガモットを選んだ。
甘さを帯びた柑橘系の香りに強張った身体と心が解れ、シャワーするだけでもかなりリラックスできた。