意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「朔哉、あのサンプルのアメニティ、すごく香りがよくてリラックスできた」


勝手にバスローブを拝借し、軽く髪を乾かしてから戻ったリビングでは、Tシャツにスウェット姿に着替えた朔哉が、ソファーに座ってタブレットを操作していた。


「どれを使ってみたんだ?」

「ベルガモット。リラックス効果もあるし、香りもそんなに強くないし、男性も使いやすいんじゃない?」

「そうだな。ただ……」


ぐいっと腕を引かれ、屈みこんだわたいの首筋に顔を埋めるようにして、朔哉が囁いた。


「個人的には……食べたくなるような、甘い香りの方が好きだ」


何を食べたくなるのかなんて、素知らぬフリで問い返すこともできず、恥ずかしさをごまかすように話題を変える。


「ねっ、ねえ、今日はシャワーできないだろうから……身体、拭いてあげようか? 洗面所でもよければ、髪も洗うし」


朔哉はわたしの申し出によほど驚いたのか、弾かれたように私の首筋に埋めていた顔を上げた。
間近で黒い瞳にじっと見つめられ、居たたまれなくなって目を逸らす。


「い……イヤなら、無理にとは言わないけど……」


押し付けがましかったかと前言を撤回しようとしたら、被せ気味に「イヤではない」と否定された。


「偲月の体調が大丈夫なら、頼んでもいいか?」

「うん! すぐに準備するね?」


洗面所へ戻り、濡らしたタオルを電子レンジで温めてから、朔哉がTシャツを脱ぐのを手伝う。

彼の裸は何度も見ているが、暗闇の中以外で観察したことはなかった。

滑らかな肌、程よく筋肉がついた背中や胸、引き締まった腰。
理想の身体があるとすれば、いま目の前にあるものがそうだ。


(や、ヤバイ……これ、目の毒でしかないんだけど)

「偲月?」

「え? あ、ご、ごめ……」

「あんまり大人しいと調子が狂うだろうが」

「どういうっ……」


酷い言葉とは裏腹に、落ちてきたキスは優しかった。

欲望を満たすためでもなく、服従させるためでもなく、労わりと思い遣りに満ちたキス。

わたしを覗き込むその目には、様子を窺う色がある。


(なんで……急に、優しくするの? 怪我をしたのはわたしのせいで、優しくしなきゃいけないのは、わたしの方なのに)


朔哉は、再び涙をあふれさせたわたしに気づくと、無事な左手でわたしの鼻をつまんだ。


「いい加減、泣きやめ」

「ちょっと!」


ムッとすると、「そうやって、いつもの調子でいろ」と笑われる。

いつまでもメソメソしていれば、朔哉に余計な心配をかけてしまうのだと気づき、忙しなく瞬きをして涙を散らした。

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