意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「お帰りなさいませ」
サヤちゃんと共に声をかければ、一瞬、眉間に皺を寄せたものの、すぐに爽やかな笑みを浮かべ、わざわざカウンターに歩み寄る。
「ごくろうさま。温かい笑顔に出迎えられると、ほっとするね。ところで……君たち、いつから受付担当になったんだい?」
サヤちゃんは気づいていないようだけれど、完璧な笑みが浮かべられた顔の中、黒い瞳の奥に怒りと苛立ちがチラチラ見え隠れしていた。
(なんでこんな早く帰って来るのよっ!? 帰国するまでには、臨時受付係も終了すると思っていたのに……)
社内に公開されているスケジュールでは、副社長は現在世界中に散らばっている海外支社の視察中。帰国予定は、一週間後の入社式直前だったはずだ。
(言い訳……何か、上手い言い訳は……)
大半の社員は、爽やかイケメン仮面の下にある本性を知らないが、「副社長」は何でも把握しておきたいタイプ。特に、「わたし」が彼の知らぬところで勝手な真似をするのをひどく嫌う。
そんな彼に、わたしは逆らえない。
三流大学出身で就活も全敗だったわたしが、こうして超一流のホワイト企業である『YU-KIホールディングス』に潜り込めたのは、ひとえに「元兄」である彼のおかげだからだ。
いまから六年前、お互いの親同士が再婚して、朔哉と兄妹になった。
一緒に暮らしていたのは、一年弱。
親たちが離婚して、あっという間に赤の他人に戻ったのだけれど、彼との縁は切れず、繋がり続けている。
とはいえ、副社長と落ちこぼれ一社員の関係は、元継父の社長を除いて社内で知っている人はいない。
知られたいとも思わない。
副社長ファンにイヤガラセされるような毎日はゴメンだ。
どうぞ、心おきなく他人のフリをしてください、と思う。
顔を引きつらせて、必死に言い訳を考えるわたしのことなどおかまいなしに、頬を桃色に染めたサヤちゃんがありのままの事実を答えた。
「わたしたち、いつもは庶務担当なんですが、病欠や人事異動、退職が重なって受付の人手が足りず、臨時で応援に入っているんです」
「確かに今時期は、どの部署も人手が不足しがちだな……。二人とも、慣れない業務で大変だろうに、ありがとう。引き続き、よろしく頼むよ」
サヤちゃんの言葉を聞いた朔哉は、一応納得したらしい。
笑みと共に労いの言葉を口にした。
「はい! 頑張ります!」