意地悪な副社長との素直な恋の始め方
バスローブで寝ることも可能だが、ぜったいにはだけてしまう。
「どうした?」
ベッドに横たわっている朔哉は、そんなわたしの心中を察することなく、怪訝な表情でこちらを見上げている。
「えっと……あの、何か、着るものがほしいんだけど」
「べつに、何も着なくてもいいだろ?」
「は? んなわけないでしょうっ!?」
「この腕じゃ、何かしたくてもできない」
「そうだろうけど、でも、そういう問題ではなくてっ!」
いつもなら、強引に自分の意見を押し通す朔哉だが、やはり疲れているのだろう。珍しく、あっさり折れた。
「クローゼットにTシャツとジムで着ているハーフパンツがある。あれなら、偲月でも着られるだろ」
「か、借りるね!」
逃げるように足を踏み入れたウォークインクローゼットは、片方にオーダーメイドと思われるスーツがずらりと並び、もう片方にカジュアルな服が並ぶ。
その中から、黒のハーフパンツとグレーのTシャツを探し出して拝借した。
サイズはまったく合っていないけれど、裸で寝るよりはマシだ。
じっくり見られてダメ出しされる前に、ベッドの片側、朔哉が空けてくれたスペースへ潜り込む。
すぐに眠れる気がしなくて、妙な緊張感を解そうと背を向けたまま、朔哉に話しかけた。
「明日、何時に病院へ行く?」
「九時でいいだろ。で、どうしてそんなに離れているんだ?」
「え? だって、寝ている間に怪我している腕に当たったりしたら、大変……」
「それを心配するなら、離れるんじゃなく密着すべきだろ」
「え」
そんな馬鹿な、と思った瞬間、背後から抱え込まれた。
「さ、さく、やっ」
「人肌の温もりを感じられる方が、安眠効果も高い」
「いや、でも……」
「それに……捕まえておかないと、朝にはいなくなっているかもしれないからな」
「そ……んなこと、しないし!」
「いままで、一度も朝までいたためしがないのに、信じられるか」
最初は、家族に内緒にするために。
自分はセフレでしかないと思い知ってからは、トラウマを刺激しないように、陽が昇る前にはベッドを出ていた。
朔哉は、一度眠りに入ると滅多なことでは目を覚まさないから、朝になってわたしがいないことを知る。
そのことで、何か言われた記憶はなかったから、彼にとってもその方が都合がいいのだとばかり思っていた。
でも、いまの朔哉の言葉は、朝まで一緒にいたかった、と言っているようにも聞こえる。
(いやいや、都合よく解釈しない! あんな怖い目に遭ったんだから、朔哉もわたしも、今夜はいつもとちがう。心細かったり、不安を感じたりして当然……)