意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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なし崩しで朔哉から軍資金を貰い、向かったのはマンションから百メートルも離れていない場所にあるパン屋。
何と読めばいいのかわからない横文字の名前の店は、焼きたてパンをご所望のマダムやおしゃれなセレブで混雑していた。
(それにしても、フランスパンの薄切りがハーフサイズで五百円って……高いって思うわたしは、庶民? それとも……貧乏人?)
何とも場違いな気分を味わいながら、みんなが買っているものをチョイスした。
スライスされたフランスパン、クロワッサン、デニッシュ、タルトレット。
コンビニにも寄って、サラダとヨーグルトを購入。
部屋へ戻り、朔哉が着替えるのを手伝って、コーヒーメーカーをセット。サラダやパンをお皿へ移す。
片手が使えない朔哉でも食べやすいように、パンはひと口大にカットした。
サラダとヨーグルト、インスタントではあるがコーンスープも付ける。
自分ひとりだと、朝食はせいぜいトーストした食パンとコーヒーくらい。シゲオのところに居候していた時も、ダブルワークで夜遅くに食事をしていたので、白米に味噌汁、漬物程度だった。
こんなにまともな朝ごはんなんて、何年ぶりだろうか。
それは朔哉も同じだったらしい。
「こんな風に、ゆっくり朝食を食べるのは久しぶりだ」
「出張先のホテルで、美味しいブレックファーストを食べてたんじゃないの?」
「ビジネスランチに備えて、せいぜいトーストとコーヒーを胃に入れるくらいだった。日本にいても、接待や会食で帰宅が遅くなることが多いから、朝は食欲がない」
「そんな生活してたら、いつか身体壊すわよ?」
「偲月が健康管理してくれれば、長生きできるかもしれない」
「…………」
普通なら、「結婚」とか「将来の約束」を期待してもおかしくない発言だが、そんなはずはない。
昨日、朔哉に婚約の必要性を説明されたけれど、どうしても本気だとは思えなかった。
人は、あまりにも大きな衝撃を受けると、思いがけない行動をしてしまうものだ。
うっかり期待し、勘違いしてしまわないよう、強引に話を変えた。
「ねえ、家政婦さんとか雇ってないの? 掃除とか洗濯はどうしてるの?」
「洗濯物は、まとめて全部クリーニングに出している。掃除は、時間がある時は自分でするし、ないときはプロに頼んでいる」
「そっか。じゃあ、わたしが手伝えるのって……身の回りの世話と、料理くらい?」
「無理しなくていい。食事は、デリバリーや外食で何とかなるし、風呂も……まあ、何とかなるだろ」
「でも、料理はひとり分作るのも、ふたり分作るのも手間は変わらないし! お風呂だって、一緒に入るのは、その、アレだけど……でも、背中を流すとか髪を洗うとかはできるし!」
「……それじゃ、不公平だろ」
「何が?」
「偲月は俺の裸を見て楽しめるが、俺は楽しめない」