意地悪な副社長との素直な恋の始め方
恋人同士がイチャイチャしながら買い物をする図……からは程遠いやり取りを繰り広げ、カゴに入れる、入れないの攻防戦に、小一時間もかかってしまった。
おしゃれなパッケージで売られていた二合分の米を含め、とりあえずランチに必要な分だけを持ち帰りにして、それ以外のものは、ミネラルウォーターなどと一緒に配達を頼んだ。
タクシーでマンションへ帰り着き、食材を冷蔵庫へ入れ、さっそくカレー作りに取り掛かる。
キッチンは、一度も使ったことがなさそうなのに、それでいてなぜか道具だけは揃っていた。
使わないものを買うという習慣がない庶民には理解不能だけれど、そのおかげで問題なく作業を進められそうだ。
「ねえ、朔哉。ごはんどれくらい食べる? 二合全部炊いてもいい?」
一緒に暮らしていた頃は、お互いモリモリ食べていたけれど、あの頃と同じ調子で食べられると限らないと思って確認すれば、失礼極まりない答えが返ってきた。
「ああ。偲月なら一合は食べられるだろ?」
「ちょっと! わたし、そんなに食べないわよっ!」
「遠慮するな」
「し・て・な・いっ!」
材料を切り刻み、記憶しているというよりは身体が憶えているレシピに従って、スパイスを混ぜ合わせ、中辛に味を調える。
一時間弱で、ごくシンプルな羊肉のキーマカレー、賽の目に切ったアボカドとトマトのサラダが完成した。
「お待たせ」
ダイニングテーブルでラップトップを開き、仕事をしていた朔哉はワンプレートに盛り付けられた料理を見下ろし、しみじみと呟く。
「本当に、料理できたんだな」
「失礼ねっ! 夕城の家は家政婦さんがいたから、何もしなくて済んだけど、恋愛に忙しい母親のおかげで、小学生の時から自炊してたし」
「一緒に暮らしていた時、偲月が料理をするところを見たことがなかったんだ。疑ってもしかたないだろ?」
「それは……そうだけど」
朔哉が言うように、芽依と作ったお菓子をあげたことはあるが、手料理を振る舞ったことは一度もなかった。
夕城家を出た後は、会うのはいつもホテルだったから、物理的に無理。
そもそも、プロの料理人なみの家政婦さんが作る料理や高級レストランの味を知る朔哉に、ド素人の料理を食べさせたいなんて考えたことすらない。
「いつもより辛さは控めにしてみたんだけど、どう?」
片方の眉を引き上げた朔哉は、無言で勢いよくスプーンを口へ運ぶ。
「おかわり……いる?」
あっという間に空になった皿を見て申し出れば、コクリと頷いた。
美辞麗句も賞賛の言葉もなかったけれど、一心不乱に食べる様子を見れば、気に入ってくれたのだとわかる。
二回もおかわりした朔哉は、しめくくりに出したラッシーを飲みながら、感想を述べた。
「美味かった」
「どうも」
「次は、ココナッツミルクを使ったカレーを食べてみたい」
これまた意外なリクエストに、面食らった。
「そんなにカレー好きだったっけ?」
「いや」
「だったら……」
なぜ、そんなことを言うのか。
そう問いかけようとしたわたしを遮ったのは、「ない」はずのものを「ある」と勘違いしてしまいそうな甘い笑みと言葉だった。
「偲月が作ってくれるなら、何でも好きになれる」