意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ねえ、朔哉! わたし、もう出なくちゃならない時間なんだけど、あとは自分で……」
「偲月、ちょっと手伝え」
寝室で着替えているはずの朔哉に声を掛ければ、逆に呼びつけられる。
「手伝うって、何を?」
「ネクタイを結んでくれ」
ワイシャツ姿の朔哉が、手にしたネクタイを突き出した。
右腕だけでなく右手の甲も負傷しているため、かなり動作が制限され、ネクタイを結ぶのが難しいのだろう。
(クールビズ、にはまだ早いし……社内にいるだけならノーネクタイでもいいだろうけど、今日は入社式がある)
何とかしなければ、と思ったが、他人のネクタイを結んだことなどない。
「やったことないんだけど?」
「これを見ろ」
渡された朔哉のスマホの画面には、『世界一簡単なネクタイの結び方』という動画が映し出されていた。
何度も動画を巻き戻し、ネクタイをくねらせ、自分の不器用さをひしひし感じながら試行錯誤を重ねること十五分。
「で、できた!」
なんとかプレーンノットが完成した。
きゅっと最後に締め上げて、文句ない出来栄えだろうと自信たっぷりに朔哉を見上げれば、苦笑いしている。
「なによ、笑うことないじゃない。初めてなんだから!」
「馬鹿にしたんじゃない」
「じゃあ、なに、……」
その先に続く言葉は、重なった唇に打ち消された。
「まるで、新婚夫婦のようなやり取りだと思っただけだ」
柔らかな笑み。愛おしいものを見るかのように、細められた目。
それらが示す兆候に、都合のいい名前を付けたくなる。
(……ダメ……勘違いしちゃ、ダメだってばっ!)
頬が熱くなり、俯こうとした顎を長い指が押し上げた。
「そうやって、無自覚に煽るな」
「は? そんなことしてなっ……ちょっ……んぅっ」
再び唇を重ね、啄む朔哉が呟く。
「上から下まで……全部自分好みのもので装わせてから襲うのも、悪くないな」
「は? な……ちょっと、さ、朔哉っ!?」
ブラウスのボタンを一つ外した朔哉は、そこから覗く黒の下着にご満悦だ。
わたしが着ている高級ブランドのスーツ、シルクのブラウスとストッキング、繊細かつ大胆なデザインの下着はどれも新品で、すべて朔哉が選んだものだった。