意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「だったら……」
いっそ全部を任せてしまった方が、効率がいいのでは? と思ったけれど、朔哉に睨まれた。
「本来の業務以外を頼めば、彼らの仕事の効率が落ちる。それに……二度と、昨夜のような思いはしたくない。俺の心の平穏を保つために、必要な措置だ」
口調も、顔つきも、横柄そのもの。
いつもの朔哉だ。
けれど、その言葉は「いつも」とはちがっていた。
優しい元継父が、素直じゃない朔哉の言葉を要約してくれる。
「ごめんね、偲月ちゃん。素直じゃない息子で。つまるところ、朔哉は偲月ちゃんが傍にいないと心配で、仕事が手につかないと言いたいんだよ。正式な婚約発表は、業務が落ち着く夏頃にさせてもらいたいんだけれど、とりあえず、朔哉の怪我がある程度治るまでの間だけでも、サポートをお願いできないかな?」
素直じゃないのは、お互いさまだった。
わたしが朔哉の前で、泣いたのも。
お互い、虚勢が剥がれ落ちたボロボロの状態で、寄り添うのも。
初めてだった。
たった一晩で、わたしたちの関係が劇的に変わったとは思わない。
でも、いままでとはちがう方向へ進み始めている気がする。
その変化をどう受け止めるべきか、まだわからない。
戸惑う気持ちのほうが大きい。
それでも、朔哉のことが心配なのは、偽りのない気持ちだ。
婚約については、公表さえしなければいくらでもごまかせるだろう。
夏までには、朔哉の怪我も治っているだろうし、わたしたちの関係の行く先も見えているかもしれない。
だったら、いま傍にいたいという気持ちを優先してもいいんじゃないか。
そう思った。
「……わかり、ました」
「ありがとう」
紳士的に微笑む元継父とは対照的に、朔哉は偉そうに命令する。
「総務には、話を通してある。引き継ぎは一時間で済ませろ。十時には、入社式のために社を離れる」
「一時間っ!? そんなの無理よ! せめて一日は……」
サヤちゃんとは、お互いの仕事をある程度は把握しているけれど、いつも二人でやっていることをひとりでやるのは無理がある。
かといって、まったく携わったことのない人にいい加減な引き継ぎをすれば混乱を来すだろう。
「午後からは社に戻る。そのあとは、ある程度の時間抜けてもいい。ちなみに、入社式は、フレンチレストランの新メニュー試食会付きだ」