意地悪な副社長との素直な恋の始め方
こちらが事情と依頼を呑み込む前に、流星と名乗ったイケメンは八木山さんを支えながら会場を出て行った。
(いくら同じ社の人間とは言え、よく知らない相手に頼む? あり得ないんだけど……でも、)
朔哉以上の暴君に押し付けられたカメラを見下ろせば、デジタル一眼レフだ。
しかも、結構なお値段がする代物。
(へぇ? 社内報用って言ってたけど……本格的)
既に撮影されていたデータを見ると、新入社員や会場が写っていた。
(悪くないけど……面白味には、欠けるかな)
会場全体の雰囲気を捉えることには成功しているけれど、緊張と期待に満ちた新入社員たちの生き生きした表情までは、引き出せていない。
素早く操作方法を確かめて、試しに正面で歓談している男性社員たちをレンズ越しに覗いてみる。
緊張しながらも積極的に質問し、先輩の答えに耳を傾け、真摯なまなざしを向けている様子は、まさに「撮りがい」のある瞬間だ。
(いい顔してる)
これまで、知人友人以外の「ひと」を被写体にして撮影したことはなかったけれど、一度シャッターを切ってしまえば、躊躇いは消えた。
何枚か真面目に話し込んでいる新入社員たちの様子を写したあとで、思い切って料理を頬張る女子社員たちに声をかけてみる。
「ちょっと写真撮らせてもらっていい?」
「ふえっ!?」
「やばっ」
慌てて澄ました顔をしようとする彼女たちに、身構える隙を与えずシャッターを切る。
「うわぁっ!」
「待ってくださいって!」
「それ、公開されちゃうんですか?」
「いい写真だと思えばそうなるかもね?」
「やだぁ!」
「でも、ほら。美味しそうな顔で、可愛く写ってるよ?」
慌てふためく彼女たちに、撮ったばかりの写真を見せると顔を真っ赤にしながらも、「確かに……」と呟いた。
「どこの部署に配属予定なの?」
「わたしたち、ここのホテルに配属される予定なんです」
「じゃあ、ちょうどいいじゃない? 新メニューを食べ尽くして、熱の入った感想をレポートすれば、仕事熱心だと思われるよ。きっと」
「実態は、ただの食いしん坊ですけど」
「その通り!」
ケラケラと笑い合う明るい彼女たちの笑顔をカメラに収める。