意地悪な副社長との素直な恋の始め方
それから、ちょっと引っ込み思案な雰囲気を醸し出している新入社員に声を掛けたり、時には黙っていい表情だけを切り撮ったり。
タイトスカートを穿いていることも忘れて走り回り、床に膝をつき、撮りたいと思う瞬間を追いかける。
そうして、どっと笑い声が上がった先に目を転じ、無意識にシャッターを切ってから、ギクリとした。
たったいま撮影したのは、男女入り乱れた新入社員に囲まれ、笑いながら話している朔哉だ。
(え、や……朔哉? あっ!)
意図せず写してしまった動揺より、とてもいい表情をしている彼と彼らを撮りたい思いが勝り、続けてシャッターを押す。
相手を励ますように微笑み、時には声を上げて笑う。
副社長の朔哉は、わたしが知らない顔をしていた。
猫を被っている時とも、わたしといる時ともちがう顔だ。
同じ会社、同じビルで働いていても、こうして朔哉の仕事ぶりを直接見る機会はいままでなかったから、とても新鮮に感じる。
(もともと、黙っててもいい被写体になるけど……いい表情、してる)
引いて、寄って、角度を変え、何枚か写したところで、レンズ越しに目が合った。
(ま、マズイっ!)
慌ててカメラごと方向転換し、人の壁に隠れようとした腕を掴まれる。
「どこへ行く気だよ?」
ビクリと飛び上がり、恐る恐る振り向けば、そこにいたのはわたしにカメラを押し付けた張本人。
「……お、おかえりなさい?」
思わず間抜けなことを口走ってしまったが、毒舌なイケメン――流星は、ニコリともせず「ただいま」と返してきた。
「で、撮れたのかよ?」
「あ、は、はい……あの、でも、ちょっと撮りすぎたかも」
フィルムを気にする必要がないせいで、衝動の赴くままにかなりの枚数を撮影してしまった。
「ま、素人なら百枚撮っても、実際使えるのは二、三枚だから気にすんな」
「使えるのがあるといいんですけど……。あの、八木山さんは大丈夫でしたか?」
「ああ。一応旦那に連絡したら、迎えに来たし、大丈夫だろ」
「旦那さん? 優しいんですね?」
「元ヒモなら、それくらいすんのは当たり前だ」
「……元ヒモ?」
「いまは指名されるような写真家だけど、数年前まではほぼ無名だったんだよ、アイツの旦那。このカメラは八木山の私物で、その旦那のおさがり」
「そ、そうなんですか……」