意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ところでアンタ、ぜんぜん料理食えなかったんじゃないか?」
「え、あ……」
(料理のこと、すっかり忘れてた)
テーブルを見れば、どの皿もあらかたからっぽになっている。
(し、新メニューが……)
うなだれ、落ち込むわたしを見て、流星はくすりと笑った。
「ぷっ……アンタ、見かけによらずおひとよしで、バカなんだな」
「なっ! ば、バカって!」
「高級フレンチとはいかないけど、今度、メシ奢ってやるよ。ほら、さっさとスマホ出せ」
「え?」
目の前で振られる大きな手を見下ろし、空腹を訴え出したお腹を意識した時、横合いから伸びて来た手にぐいっと引き寄せられた。
「わっ」
「料理の試食はできたのか? 偲月」
「さ……ふ、副社長」
よろめき、ぶつかった相手の声が降って来て、正体が知れる。
「すみません、副社長。緊急事態で、彼女に広報の仕事を手伝ってもらったんです。そのせいで、試食ができなかったようで。お礼とお詫びをかねて、食事を奢るつもりで誘っていたところなんですよ」
流星は、あくまでにこやかに、しかしどことなく棘の感じられる口調で説明する。
対する朔哉は、素っ気ないひと言で話を切り上げた。
「余計な気遣いは無用だ。引きあげるぞ、偲月」
でも、と言いかけて、見上げる朔哉の顏色があまりよくないことに気がついた。
今朝、病院から処方された抗生物質と鎮痛剤を飲んでいたが、効果が切れかかっているのかもしれない。
「だ……」
大丈夫か、と問いかけようとしたところを「黙れ」とばかりに睨まれた。
「副社長!」
立ち去るわたしたちの背に、流星が呼び掛ける。
「今度、改めて取材させていただけませんか? 副社長主導で進められているプロジェクトの件。ぜひ、副社長からお伺いしたいのですが」
足を止めた朔哉は、「秘書課に言え」と肩越しに告げて、バンケットルームをあとにする。
それきり、無言でロビーへ下りるとまっすぐタクシーへ。
行き先に本社ビルを告げるなり、不機嫌さを隠そうともせずわたしに命じた。
「どういうことか、説明しろ」