意地悪な副社長との素直な恋の始め方
朔哉の許可を得ずに勝手なことをしたと言われれば、その通りだ。
でも、やましいことは何もしていない。
「流星さんに、もう一人の担当者の具合が悪くなって、彼女をタクシーまで連れて行く間、写真を撮っておいてほしいと頼まれたの」
「ただの口実じゃないのか? アイツは、仕事はデキるヤツがロクデモナイ男だ」
「ロクデモナイって……何を根拠に?」
「昔、バイト先が一緒だった」
「バイトって……バーってこと?」
険悪そうな雰囲気から、まさか友人ではないだろうとは思ったが、意外な繋がりに驚いた。
「ああ。あの頃のアイツは、女をとっかえひっかえしていたし、いまも落ち着いているようには見えない」
(女をとっかえひっかえしていたのは、朔哉も同じでしょうが……)
ひとのことは言えないだろうにと思ったけれど、すでに怒っている朔哉をさらに煽ってもいいことはない。
「口実なんかじゃない。具合が悪くなった八木山さんは妊娠中で、マスクもしてたんだけど、食べ物の匂いがダメだったみたい」
「八木山? ああ、確か、広報で一人産休に入る予定だったな……。それか」
わたしが嘘を吐いていないとわかったからか、朔哉の眉間に寄っていたシワが消えた。
「とにかく、流星には関わるんじゃない。いいな?」
「わかりましたっ!」
公私混同しまくりじゃないかと思いつつも、早くこの話題を切り上げるためにも、口ごたえはせずにおく。
「ところで、本当に料理をひと口も食べられなかったのか?」
「うん……写真を撮ってたら、なくなってて……」
「まったく……。今日の夜、七時でいいか?」
呆れたように首を振りながら、朔哉が懐からスマホを取り出す。
「え?」
「食べたいものがあれば、用意するよう伝えるが?」
高級フレンチを予約するつもりだと知り、慌ててそんな必要はないと訴えた。
「わ、わざわざ予約なんかしなくていいっ! ちょっと食べてみたいなって思っていただけだしっ!」
「だから、食べてみればいいだろう?」
「いいのっ! だって、いまの朔哉じゃ、フレンチなんて食べるの大変でしょ?」
「利き手が不自由だと伝えれば、シェフが配慮してくれる。個室もあるし、マナーを気にする必要はない」
「で、でもっ!」
「そんなに俺と食事に行くのがイヤなのか?」
「そう、じゃ、ない、けどっ……」
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
マナーを気にして二の足を踏んでいるのではない。
朔哉と二人きりで食事に行くという行為自体が、わたしにとってとてつもなくハードルが高かった。