意地悪な副社長との素直な恋の始め方
もし、職場の人間だらけのホテル――恋人や特別な人と食事を楽しむようなフレンチレストランで置き去りにされたら……なんて、想像するのすら怖い。
レストランに足を踏み入れることすら、トラウマになりかねない。
「家で食べる方が落ち着くし! お酒飲んでも、ベッドがすぐそこにあれば、寝落ちできるでしょ?」
「だったら、ホテルに部屋を取ればいいだけだ」
「いや、でも、特別な日でも何でもないのに、そんなことするのはおかし……」
「多少過ぎてはいるが、誕生日は特別な日だろう?」
「いまさら誕生日だといって、はしゃぐような歳でもないわ。わざわざ祝うほどのことでもないでしょ」
何か言いかけた朔哉を遮って、無理やり話を打ち切った。
(どうして、期待させるようなこと言うのよ……いまさら)
期待すれば、期待を裏切られたとき、落ち込まずにはいられない。
期待しなければ、最初から裏切られることもない。
視界の端に、何か言いたげな朔哉を捉えながら、唇を引き結び、頑なに窓の外を見つめる。
結局、気まずい沈黙をどちらかが破る間もなく、タクシーはものの十分で本社ビルに辿り着いた。
エレベーターで社長室と副社長室、重要な取引先との会談に使われる応接室だけがあるフロアへ直行する。
フロアの最奥――社長室の一つ手前に位置する副社長室に入るなり、朔哉はソファーに身を投げ出した。
「偲月……鎮痛剤をくれ」
「う、うんっ!」
掠れた声で要求した朔哉は、顔を歪めている。
慌てて鞄の中から処方された薬一式を取り出し、キャビネットに用意されていたポットのお湯とミネラルウォーターで、ぬるめの白湯を用意した。
「これ……一応、処方された薬には胃薬も含まれているけど、何か食べたほうがいいと思う……ちょっと待って! ジャケット、脱いで!」
薬を呑み下した朔哉がソファーに横になろうとするのを止め、ジャケットを脱がせてネクタイを緩める。
「何か食べられそう?」
「……軽いものなら」
「サンドイッチとか? おにぎりとか?」
「ああ……」
やせ我慢するタイプの朔哉が腕で目元を覆って呟く様子から、相当痛みを感じているのだと察せられる。