意地悪な副社長との素直な恋の始め方
どんな時だって、朔哉に触れられるのがイヤだと思ったことはない。
「ほら、さっさと働け」
「……はい」
優しく促され、素直に頷いた。
朔哉に言われたように、先にスープを作り、手に取りやすいようサンドイッチをお皿に移す。
わたしとちがって猫舌ではない朔哉は、熱々のコーンスープを飲んでほっと息を吐いた。
薬が効いてきたのか、先ほどより顔色がだいぶ良くなっている。
「インスタントでも、十分美味いな」
「高級レストランにはかなわないんじゃないの?」
「素材や手間、コストを考えればかなわないだろうが……いくら高級な料理でも、一緒に食べる相手次第では、味すらしなくなる」
「そう?」
「取引先の人間と腹の探り合いをしながら、堪能はできない。でも、気心知れた相手なら、ちがう」
「確かに、仕事の一環だと純粋に楽しめないかもね」
「……偲月、それも食べたい」
わたしが手にしているレタスサンドを見つめる朔哉に、お皿ごと差し出せば、「そうじゃない」と言いたげな顏をされた。
「……こ、これ?」
手にしていた食べかけのレタスサンドを差し出す。
朔哉が大きな口でかぶりついた時、ノックの音と同時に部屋のドアが開いた。
「朔哉! 偲月ちゃん、料理が食べられなかったんだって? シェフがお持ち帰り用に持たせてくれ……あー、お邪魔だったかな?」
「し、しゃ、社長っっ!」
慌てて立ち上がろうとするわたしに、夕城社長は苦笑いしながらそのままでいいと手を振った。
「いいから、いいから。休憩中なんだし、社員の目もないし。広報の手伝いをしていて、食べられなかったと聞いたよ。これ、お土産。開けてみて」
「ありがとうございます?」
社長が差し出したのは、おしゃれなランチボックス。
中には、今日の試食会で振る舞われていた料理が、少量ずつきれいに詰められていた。
「うわ……すごくおいしそう……」
「うん。それを作ってもらっている時、数量限定でランチボックスを出すのもいいかもって話になってね。あとで感想聞かせてくれるかな? 偲月ちゃん」
「はいっ!」
「じゃ、お邪魔虫は退散するよ。朔哉、偲月ちゃんに甘えるのもほどほどにしなさい」
「……うるさい」
出て行く社長に言い返した朔哉の声は小さく、頬のあたりがほんのり赤くなっていた。
それを見たら、何だかわたしまで恥ずかしくなり、その場に不自然な沈黙が落ちる。