おデブだった幼馴染に再会したら、イケメンになっちゃってた件
「そ、それは……お芝居の練習?」

 水を流しながら、つぶやく。

「芝居じゃないよっ」
「だって、遼ちゃんみたいなカッコイイ人が、私なんか……おかしいよ」
「おかしくないっ!」
「ほ、本気にしちゃうから、あんまり苛めないで」

 掠れた声しか出てこない。
 本当にそうだったらうれしい。
 うれしいけど、心のどっかでひっかかってる。

 そう。兵頭乃蒼とのキスシーン。

 あれだって、お芝居なんだってわかってるけど。
 あんなに綺麗なキスシーン、目が離せなくなったもの。

「……本気にしていいよ……ていうか、本気にしてほしい」

 なんでなんだろう。なんで私なんだろう。
 そして、うれしいはずなのに、こんなに苦しい。

「僕、美輪さんが女子校入ったから安心してた。きっと誰も僕の美輪さんを獲ったりしないって。美輪さんが女子大行っても心配なんかしなかった。」

 彼は、静かに話し続けた。

「だって、美輪さんは、どこへいっても美輪さんだと思ったから。」

 彼が私から少し離れていった。

「でも、エキストラで再会したとき」

 ベットに腰かけ、じっと見つめる彼の顔は真剣で

「うっすら化粧してた美輪さんが、どれだけ可愛くなってたか、僕の予想を越えてた」

 大きく開く黒い瞳は、やっぱり魔力を持っていて

「わかる?あの時、僕はもう一度、恋に落ちてたって。」

 金縛りのように、動けない私がいる。

「だけど、役者の仕事も増えて来て、なかなか美輪さんとも会えなくて。」

 優しい微笑みは、私の心も縛り付ける。

「でも、心の中で、まだ大丈夫だって思ってた。」

 目の奥が熱くなる。

「美輪さんが会社に入って間もない頃、たまたま見かけたんだ。夜、大勢のスーツを着た新人っぽい人たちの中にいる美輪さんを。」

 だんだんと涙がたまってくるのがわかるのに、動けない。

「嫌だって思った。誰かが気づいちゃうって。誰かに獲られちゃうかもって。」

 再び立ち上がって、近づいてくるこの人は、誰?

「ちょうどその頃、雑誌の表紙の話が来たんだ」

 はにかんだ笑顔。

「少しは、美輪さんのそばにいられる? 仕事、手伝える? って思った。」

 伸ばされた右手が、私の頬をなでる。

「そしたら、美輪さんが、先輩と仲良くしているし。」

 目の前に、彼の瞳があった。

「もう、我慢できなかった。」

 彼は、やさしくキスをした。
 始めは啄むように、何度も何度も唇を重ねた。まつ毛に覆われた大きな瞳がじっと私の目を離さない。大きな手が私の頭を抱え込み、彼に身体ごとすいついてしまいそう。薄く開いた唇から、赤い赤い舌が、私の唇を優しく撫でる。
 それだけで、気が遠くなりそうなのに

 彼は私の唇ごと……食べようとする。

 ……こ、これってディープキス!?

 彼の瞳が、彼の唇が、彼の匂いが、私を麻痺させる。彼の舌が、私を離さない楔のようで。このまま溺れてもいいかも……

 ピンポーン

 突然の玄関のチャイムに固まった二人。

 ピンポーン

 ハッとして、遼ちゃんの腕の中から離れた。

「チッ」

 え?まさかの舌打ち?
 たぶん、『ぽっかーん』という音が聞こえたかもしれない。私の顔を見て苦笑いした遼ちゃん。

「タイムアップかな」

 離れた私を、もう一度抱き寄せて、きつく抱きしめる。そして、深いため息をついて、私から離れて、玄関をあけた遼ちゃん。

「遼くん、もういいかな」

 そこには、見知らぬ男の人が立っていた。
 遼ちゃんより少し背が高くて、シルバーメタルのメガネ、前髪をあげて黒い髪を撫でつけてる。遼ちゃんが天使なら、この人は、まるでドラキュラ伯爵?

「よくない」

 思い切り不機嫌そうな顔の遼ちゃん。

「でも、約束ですから」

 この人、優しそうに微笑んでるけど、目が笑ってない。
 クッ、と睨みつけてる遼ちゃんは、まるでおもちゃを取り上げられた子供みたい。実際、私はおもちゃみたいなものかもしれない。

「時間内に落とせなかった、君の力不足です。」

 冷ややかに言うと、遼くんの襟首をつかんで部屋から引っ張り出した。

「遅い時間に失礼しました。明日もお仕事でしょうから、これで失礼します。」
「み、美輪さん、L〇NEするからっ!」

 その姿にドナドナの歌が頭をよぎった私なのであった。
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