政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
クロとの出会い
 展覧会の帰り道夕焼けの街を、柚子はトボトボと歩いている。
 なんだかとても寂しかった。
 ずっと近くにいて、柚子を引っ張ってくれた沙希は婚約破棄後、実家を去った。
 今は輸入雑貨の買い付けに世界中を飛び回っている。
『これからは、困ったことがあったら旦那様に相談するのよ』
 日本を去る前の姉の言葉を柚子はまったく実行できていない。
 嘘をついてまで手に入れたいと願った大好きな人との結婚生活は、はたから見るとなに不自由ない幸せなものに思えるだろう。
 でも夫婦の間には深い深い溝がある。
 もともとは幼なじみで気軽に話せるはずだったふたりの仲は、結婚を機にがらりと変わった。
 お互いにどこか遠慮がちでぎこちない。
 そもそも仕事が忙しい彼はあまり家にいないけれど、でもいる時も新婚夫婦らしい会話やスキンシップは皆無だった。
 そして金曜日の夜に、ただ義務的に触れ合うのだ。
 きっと彼は、後悔しているのだろう。
 去ってしまった婚約者の代わりに、その妹と結婚したけれど、あまりにも思っていたのと違いすぎて。
 もしかしたら、沙希のことがまだ忘れられないのかもしれない。
 土曜日の夕方は、人通りが多い。
 小さな子供の手を引いて楽しそうに話しながら歩く夫婦を柚子は心の底から羨ましく思う。
 おそらくは自分が、一生手に入れられない家族の姿なのだ。
 柚子と翔吾の結婚はお互いの家のための結婚だから、そう簡単に別れることはないだろうが、だからといって愛情が芽生えるかといえばまた話は別なのだから。
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