政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 バスルームから出ると、真新しい下着を身に付ける。
 百貨店の下着売り場の顔馴染みの店員が、『よくお似合いですよ』と勧めてくれたアンティークなデザインの下着。柚子はそれを金曜日の夜のために買った。
『柚子は、ピンク色が似合うな』
 ずっと前に気まぐれのように言われた、大好きな人の言葉を頭に思い浮かべながら。
 でも……。
「やっぱりちょっと子供っぽかったかなぁ」
 呟いて、柚子は鏡に映る自分の姿をジッと見つめる。
 背中に流した生まれつき少し茶色い髪は、ふわふわとして、いくら櫛でとかしてもちっとも真っ直ぐにならない。ぷっくりとした頬に黒目がちの目、いつまでも幼く見られる顔立ちが悩みの種だった。
"お人形さんみたいね"
 小さい頃から数えきれないくらい言われたその言葉が嬉しくなかったわけではないけれど、もう二十五歳にもなった今の自分にはやっぱりそぐわない。恥ずかしいとすら思うくらいだった。
 柚子は、はぁとため息をついて、パジャマを身に付ける。そしてキッチンへ行きコップ一杯の水を飲んだ。
 金曜日のこの時間は、嬉しいと寂しいが背中合わせの複雑な気持ちになる時間だった。
 大好きな人に、大切にはされているけれど、やっぱり愛されてはいない、それを思い知らされるからだ。
 ……それでもいいって結婚前に決めたでしょ。
 柚子は自分に言い聞かせる。
 たとえ愛されてなくても彼のそばにいたい。彼の妻になりたい、そう望んだのは他でもない自分なのだ。
 今さらそれを寂しく思うなんて、いくらなんでも自分勝手すぎる。。
 柚子はキュッと唇を噛んで、キッチンを出る。フローリングの廊下を進むと見えてくるのは、ダークブラウンの木目調の扉。
 柚子の大好きな夫が待つ寝室の扉だった。
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