政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
翔吾の真実
 人通りのない深夜の街を黒い車が滑るように走る。その後部座席で、翔吾は流れる景色を見つめている。
 柚子が待つマンションまではあと十分ほど。
 はやる気持ちをもてあましながら、翔吾は冷たい窓ガラスにもたれかかる。
 目を閉じると瞼の裏に浮かぶのは、夕方自分に妊娠を告げた時の柚子の不安げな顔。
 よりによって、こんな日にそばにいてやれないなんてと、翔吾は深いため息をついた。
 今日ほど、副社長として当たり前にこなしてきたこの多忙な日々を忌々しく思ったことはなかった。
 マンションにひとり残してきた妻の柚子は、ずっと幼なじみで、婚約者の妹という存在だった。
 茶色がかったふわふわの髪、ぷっくりとした頬、黒目がちの大きな目。
 引っ込み思案で、いつも姉の沙希の後ろに隠れていて、でも翔吾が呼ぶと嬉しそうに顔を出すのだ。
 白い頬を真っ赤に染めて。
 可愛らしい、愛らしい存在だった柚子。
 その彼女を女性として愛するようになったのはいつの頃からだったのだろう。
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