政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 わぁという歓声の中、ダイナミックにイルカたちがジャンプする。かわいらしくもしなやかなその姿に柚子は胸を高鳴らせて舞台を見つめていた。
 さっき翔吾は水族館は久しぶりだと言っていたけれど、柚子だって考えてみれば随分と久しぶり。中学の時の遠足以来かもしれない。
 でもこのイルカショーを見るドキドキはあの頃となにも変わっていなかった。
「では、ここで、イルカのジョーくんのショーをお手伝いしてくれるお客さんに来てもらいましょう!」
 舞台の上でトレーナーがそう言うと、あらかじめ観客の中から決められていたと思しき男の子が舞台に上がる。
 これから彼は、トレーナーに従い、イルカと握手をしたり、ご褒美の餌をあげたりするのだ。
 この光景に柚子は見覚えがあった。
 以前家族で来た時は姉が立候補してやっていたからだ。
 柚子も本心ではやりたかったけれど、舞台の上で自己紹介をしなければいけないと知り断念したのだ。
「あれ、お姉ちゃんがやったよね。今でもあるんだぁ」
 柚子は翔吾の袖を引っ張った。
「終わったら、イルカのメダルがもらえるんだよ。私、羨ましかった」
 それに翔吾は首を傾げた。
「そうだったかな?」
「そうだよ。ほら、お姉ちゃんが……」
 でも言いかけてから、あることに気がついて柚子は口を噤んだ。
 そうだ。
 柚子にとってはただの家族の思い出話でも翔吾にとっては昔の婚約者の話になる。あまり話したくない話題かもしれない。
 もしかしたら本当は覚えているけれど、忘れたふりをしているのかも。
「あ、でも、私もよく覚えていないや……」
 ごにょごにょと誤魔化すように柚子は言う。
 デリカシーのない自分が恥ずかしかった。
 翔吾がそれにわずかに首を傾げてから、舞台の方を見て目を細めた。
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