政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
「柚子に水がかかったのは覚えてるよ。水がかかるってわかっている席にどうしても座るって言い張ってさ。案の定びしょ濡れ。おばさんが慌てて、土産物のTシャツを買ったんだ。水族館のロゴが入ったやつ」
 そう言ってまたお腹を抱えて笑い出す。
 柚子は頬を膨らませた。
「翔君、変なことばっかり覚えてるのね」
「だって‼︎ 絶対に濡れるぞって、俺も忠告したのに、ひとりでそこに座ってさ、本当におかしかった‼︎」
「もうっ! ……ふふふ、でもどうしても近くで見たかったんだもの。まさかあそこまでびしょ濡れになるとは思わなくて。ふふふ」
 笑い続ける翔吾に、柚子もつられて笑い出した。
 その後もふたりは手を繋いで館内をゆっくりと見て回ったが、翔吾は思いつくままに、当時の柚子の話をした。
 爬虫類コーナーが妙に気に入ってなかなかそこから離れなかったこと。
 ワニの水槽へは怖くて近寄れなかったこと。
 そんな話を聞きながら、ふたりの時間を過ごすうちに柚子はとても不思議な気分に陥っていた。
 家族で来たあの時は、なにをするにも話題の中心は姉の沙希で、柚子は側から見ているだけだった。完全に脇役だったように思う。
 でも翔吾の口から語られるあの日の思い出は、まるで柚子が主役のようだった。
 べつに話題の中心にいなくたって、自分なりに楽しんで、いい思い出として心に残っているならば、それでいいのだというように言われているような気分だった。
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