政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
「寒くない?」
 翔吾が柚子に問いかける。
 夕日が沈む水平線を見つめながら柚子はこくりと頷いた。
 ゆっくりと一日かけて水族館を見て回ったふたりは今、臨海公園の海を望めるベンチに手を繋いで並んでいる。
 本当に、夢のような一日だった。
 今日一日、ふたりは愛し合って結婚をした夫婦のようだった。
 沈みゆく夕日を柚子は心から寂しいと思う。
 あの光が消えてしまったらこの時間は終わってしまう。幸せな魔法は解けて、もとの自分に戻るのだ。
 繋いだ手に力を込めて、愛しい人を柚子は見つめる。
 少しクセのある黒い髪、優しい眼差し。この人と夫婦になれて、今日一日を過ごすことができてよかったと心から思った。
 ズルくて卑怯な方法だったかもしれない。
 どう言い訳しても許されることではない。
 でも今の自分には必要だった。
 柚子は小さく深呼吸をして、いよいよ口を開こうとする。
 もう迷いはなかった。
 でもその時。
「柚子」
 翔吾の方が先に口を開いた。
「大切な話があるんだ、柚子」
 柚子は小さく息を呑む。
 彼の自分を見つめる眼差しがこれ以上ないくらい真剣だったからだ。
 一瞬柚子は、妊娠の話が嘘だったことがバレたのかと思った。問い詰められ、非難されるのかと心の中で身構える。 
 でも自分の手を包む彼の温もりが、そうではないと告げている。
 永遠とも一瞬とも思える沈黙の後、翔吾はゆっくりと口を開いた。
「柚子、俺たちの結婚は、家同士の都合で決めた、いわゆる政略結婚だ。もともと、恋人同士だったわけじゃない」
 確認するような翔吾の言葉に、柚子の胸がずきんと痛む。
 わかっていた事実でも改めて言葉にされるのは、まだ少しつらかった。
 頷くこともできないままに柚子はただ彼を見つめる。
 翔吾が重ねた手に力を込めた。
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