政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
柚子の変化
「今日は突然申し訳なかったわね」
 午後の街を朝比奈家の黒いハイヤーが滑るように走る。その後部座席で、翔吾の母良子が柚子に微笑みかけた。
「いえ、私も楽しかったです」
 柚子はそれに微笑んで首を振った。
 午前中、ふたりは良子が通っているという生花の家元のところへ揃って顔を出してきたのだ。
 その誘いは少し突然で、とても気軽なものだった。
『柚子ちゃんってお花好きだったわよね。よかったら、一緒に行ってみない?』
 柚子と良子の間柄ならよくあるいつものその誘いに、だが翔吾は眉をひそめた。
『また、あの人は……。やっぱり母さんには、柚子をあまり連れ回さないように俺からよく言っておくよ』
 それはもちろん柚子の体調を慮っての言葉だ。
 そしてそのまますぐにでも電話をかけそうな翔吾を柚子は慌てて止めた。
『翔君、そんなことしないで。私なら大丈夫。お義母さまが私をいろんな場所に連れて行ってくださるのは、朝比奈家の嫁としてやるべきことを私におしえようとしてくださっているからだもの』
 朝比奈家の嫁としてやるべきこと。
 きっと姉の沙希ならばなんなくこなせる事柄も柚子にとっては、そうではない。だから余計に、連れて歩く機会が増えるのだ。
『私、ちゃんとその役目を果たしたいの』
 こんなやり取りはふたりの間ではもう何度もあった。
 普段なら翔吾はそこで引き下がる。ごめんな、と申し訳なさそうに謝って。
 でもその時の彼はいつもと少し違っていた。
『それは違うよ、柚子』
 首を振って、真剣な眼差しで柚子を見つめた。
『……え?』
『朝比奈家の嫁としてやるべきことなんて、そんなものはない。母さんは確かに社交的だけど、それはあの人が好きでやっていることだ。柚子も同じようにしなければならないなんてことはないんだよ』
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