政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
「今日は楽しかったわ」
 良子の言葉に、翔吾とのやり取りを思い出して少しぼんやりとしていた柚子はハッとした。
「先生も喜んでいらしたし」
 柚子はゆっくりと頷いた。
「私もまたお会いできて嬉しかったです」
 会いに行ってみれば良子が生花の指導を受けているという生花の先生と柚子とは初対面ではなかった。
 以前良子の展覧会へ行った時に彼女の作品の前で、言葉を交わした着物の婦人だったのだ。
 今日は良子と共にほんの少しだけ指導を受けただけだけれど、先生はあの時の優しげな雰囲気のままで、柚子ははじめて心から生花を楽しむことができた。
「ふふふ、柚子ちゃんのプレッシャーになっちゃいけないと思って言わなかったけれど、実は今日は先生からのお誘いだったのよ」
 良子が嬉しそうに言う。
 柚子は驚いて目を開いた。
「先日の展覧会で、柚子ちゃん先生とお話ししたんですってね」
「はい。少しだけ……でもあの時私、お花は壊滅的にダメなんですって先生に言ってしまったんです。……それなのに、どうして誘ってくださったのか……」
 その時のことを思い出して柚子は思わず頬を染める。あの時はまさか相手の女性が生花の先生だなんて知らなかったから、つい本当の話をしてしまった。
 今から思い返すと大失態だ。
 だがそれに良子は意外なことを言った。
「ふふふ、なんて正直な子って、とても好印象だったみたいよ。それに、それだけじゃなくて、柚子ちゃんその前にも先生とお話ししたでしょう」
「え……?」
 柚子は首を傾げる。
 正直言って心当たりはなかった。
「お手洗いで、先生、柚子ちゃんに順番を譲ってもらったっておっしゃってたけど」
「お手洗いで……? あ! ……あの時の!」
 そこでようやく柚子は思いあたる。
 展覧会についてすぐ立ち寄ったお手洗いで、すぐ後ろに並んでいた女性に柚子は順番を譲ったのだ。
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