政略結婚ですが、身ごもったら極上御曹司に蕩けるほど愛されました
 理由は本当に些細なこと。
 柚子の番になって空いた個室が他よりも広い個室だったからだ。
 後ろに並んでいた女性は着物姿で、しかも荷物をたくさん持っていた。なら広い方がいいと思ったのだ。
「あの着物の方が先生だったですか」
「そう、ちょっとしたことだけど、とても助かったっておっしゃってたわ。その時にさりげない気遣いができる素敵なお嬢さんって思っていらしたみたい。そしたらそのあとお話しした時に生花は好きだけど壊滅的にダメだなんて柚子ちゃんが言うから……! ふふふ」
 良子が笑い出して、柚子は真っ赤になってしまった。
「すみません。正直に言いすぎました……」
「ふふふ、それでよかったのよ。で、先生からよかったらってお誘いがあったの。本当は、先生ご自身、お年のこともあって新しい生徒はもう取らないって決めてらっしゃったんだけど」
「え、そうなんですか……」
 生花教室には苦い思い出がある柚子でも、今日は楽しく過ごすことができた。
 もう生徒を取らないと決めているなんて、もったいないような気もするが、ならばなおさらこの機会を逃したくないと柚子は思う。
 小さい頃からたくさん習い事をしたけれど、自分からしたいと素直に思ったのは今この時がはじめてかもしれない。
「どうかしら、月に一度だからそう柚子ちゃんの負担になることもないだろうし」
 良子の言葉に柚子は迷うことなく深々と頭を下げた。
「はい、ぜひ続けさせて下さい」
「嬉しいわぁ」
 途端に良子は破顔して、胸の前でパチンと両手を合わせる。
 その様子に柚子も思わず笑みを浮かべた。
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