下弦の月
ダウンライトが店内を照らしていて、



ピアノから流れるクラシックな音楽。




淳平さんの賑やかな雰囲気のバーとは違う、




大人な感じのバー。







カウンターに並んで座って、キレイな赤色のカクテルを口にした私に。






「安藤さんが、女性を連れて来るなんて…珍しいですね?それに、綺麗な方ですね?」





ダンディーなマスターが、私を見てそう言って。




部長を見れば、微笑んだ顔は……




少し紅い気がした。






「そうだな…」




明らかに照れてるような口調で、



お酒のせいではない紅い顔は、更に紅く染まる。





思わず、笑ってしまった私に。





「今…笑っただろ?」




「部長でも…照れること、あるんだな…って思っただけです。」




そう、返せば…額を小突かれてしまって。




「俺も…人間だからな。」




眉間に皺は寄っているけれど、瞳は優しくて。




新撰組の皆とじゃれてる時の歳三さんを思い起こさせた。








「ところで、水上は過去に約束した奴は居ないのか?」





下を向いて黙ってしまった私の、





「別に…話したくないなら話さなくていい。水上は確か、もう29だろ?そんな相手の一人や二人、居るだろうと聞いただけだ。」





頭に手を置いて、そう言った。





「いえ……話したくないわけじゃないんです。私も、部長と同じで約束した人は居ましたよ。」





「そうか…水上なら、そのうち出会えるさ。綺麗だし、何でも社内でも人気あるらしいしな。」





深くは聞かなかったのは、部長の優しさなんだと思う。




だけど、もっと深く聞いて欲しかった。




数時間前の部長の話で、確信した今…




気付いてくれていないのは、かなり辛いよ。





私が……約束した人は部長の前世の人なのに。







泣いちゃいけない、と溢れ出しそうな涙を堪える。



下唇を噛んで。








何とか……堪えた涙。





それからは、




なぜ、私が製薬会社に就職したのか…聞かれて。





「良い薬が、たくさんの病院で使って貰えたら…って思ったからです。」





そう、答えた。





部長は、




「そうか。俺も…似たようなもんだ。前世で薬の行商をしていたしな…あの頃には治せなかった病も医療の技術や薬で治せたらなって思ったんだ。」





と、微笑んだ。
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