下弦の月
営業先から戻る途中、




栞ちゃんから社用の携帯に連絡があった。






なんでも、大島さんがミスをして部長の雷が落ちたらしい。




それも、部長が一本化した病院。





割り振りされて、担当は大島さんになった所。






蒸し暑い梅雨入りした街中を小走りで、会社へ急いだ。








部内に戻ると、大島さんはまだ部長のデスクの前にいた。





とても割って入れるような雰囲気ではなくて。




深い溜め息が出た。





栞ちゃんに小声で、ミスの内容を聞けば。




発注ミス、納品ミスが立て続けにあったにも関わらず。



きちんと謝りもしなかったため、病院側から連絡があったらしい。





そりゃ…柊輔さんじゃなくても、誰だってキレる。




部内にいる全ての人が、二人の会話に仕事をしながら聞き耳を立てているのは……




間違いない、ピリピリした空気が漂っている。




こんな空気は、耐えられない。





苦手な副院長の病院で、散々イビられて……



精神的にも肉体的にも疲労感があって。




抜け出そうと、財布を手にした時。






「部長は、月香さんにだけ甘いですよね!部長と月香さんが付き合ってるからですか?私だって…部長が好きだったのに……仕事も恋愛も月香さんには敵わないんですか?頑張っても頑張っても…いつも評価されるのは月香さんで、部長は贔屓なんてしない人だって頑張りを認めてくれる人だって思ってました。それでも…私は部長が好きなんです!」







そんな、私に対する嫌みや妬みとも言える声がハッキリと耳に届いて。




足が動かずに、固まっていた。





大島さんの背中は震えていて、泣いているのは確か。





さっきまで、大島さんに向けられていた視線は……




今……私に集まっている。





逃げたい、逃げたいけれど。




足が動かない。





何も言えない。




正確には、言い返す言葉がない。
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