下弦の月
《柊輔》




大島が、給湯室を出てから。




手の甲で唇を拭った。




グロスが着いたのだろう、テカテカに光る甲を洗い。





煙草を吸いたくて、喫煙室に足を向ければ、





健吾とキスをしている月香の姿があった。




ざわつく心臓、沸き上がる怒り。





だが、今の俺に問い詰める権利なんかはない。





給湯室に差し掛かった人影、あれは月香だったに違いない。





だから、今…月香を慰めてるのは健吾ってわけか…






喫煙室での煙草を諦め、




屋上へ向かって煙草に火を点けた。






眩しいくらいの人工的な光が、眼下に見える。





夜でも蒸し暑い空気で、身体に汗が滲んでいく。







諦めるから、一度だけキスして下さい。






懇願され、大島と交わしたキスを今更ながら後悔している自分が…




情けない。






ちゃんと話さなければ、このまま終わりが来そうで。





身が震えた。







携帯灰皿に、地面で消した煙草を入れて。






部内に戻ると、




机に突っ伏したまま寝ている月香がいた。







ったく……俺には帰って寝ろ、だとか。




無理するなって言うくせに。





お前こそ無理してんじゃねぇか…






スーツの上着を脱いで、月香の肩に掛けて、




さらさらの大好きなボブショートの髪にキスを落とした。





帰ってから、メールを送った。








手の掛かる女だからこそ、守りたくなる。




愛しいと想う。





俺に取って、そんな女は月香だけなんだよな。





これからも、今までも。
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