下弦の月
山南さんを亡くした新撰組は、




悲しみに暮れていたのも僅か。







まだ寒さの残る三月に西本願寺に屯所を移した。






例によって、私は八重と引っ越し蕎麦を作って。





皆と蕎麦を美味しく戴いた。










西本願寺裏には、今までの屯所よりも立派な桜の木があって。





小さな蕾が少しずつ膨らみ始めている。









「月香!何してんだ?」






「平助くん!今から、巡察?」






隊服を羽織った平助くんに、そう聞くと。





大きく頷いて、桜の木を見上げた。







「これを見てたのか?大きいな、満開になったら綺麗だろうな。」







「うん、きっと綺麗だよ。お花見、出来たらいいね。」







「そうだな、しようぜ?皆で。」







「うん。原田さんの腹踊りみたい!」








見せてくれるさ、と言ってくれた平助くんは隊士さんに呼ばれて。





巡察に出掛けた。





いつもの調子で、






「行ってくる!」





って…やんちゃな笑顔で。






行ってらっしゃい。





歳も変わらないけれど、大きく見える平助くんの背中に声を掛ける。






この背中を見送れるのは、あとどれくらいかな?






彼は、そう遠くない未来に居なくなる。







自然と溢れ出す涙が、桜の木を見上げたせいで頬に流れ落ちた。









「月香…探したぞ。」






この優しく耳に響く、低い声の持ち主は一人しかいない。






私が、心からの慕うあの人。







「土方さん!」






溢れる涙を抑え切れずに、何を思ったか土方さんの胸に飛び付いていた。







「お、おい?どうしたんだ?」






驚いた声音だったけれど、しっかり抱き止めてくれた。








「…なんでもありません…」






「何でもない事はねぇだろ…泣いてるじゃねぇか?」







抱き締めてくれたまま、優しい声が頭上から落とされて。








「…本当に…何でもないんです。暫く…このまま泣かせて下さい?だめですか?」






そう、胸に顔を埋めたまま言えば。





「…変な奴だ…仕方ねぇな、好きなだけ泣けよ。」







腕の力を強くして、頭を撫でながら落ち着くまで。




ずっと……腕の中に閉じ込めてくれていた。
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