下弦の月
土方さんは、






「そうだったのか、俺は…てっきり原田と恋仲だと思っていた。」





なんて言っていたから、




八重が好きなのは斎藤さんだとは気付いていなかったみたいだ。






鋭いくせに、気付いていなかったのは……




あまり、人の色恋には関心がないのかもしれない。






その疑問を口にすれば、






「ああ…基本的にあまり他人に興味がない。」






あっさりと、そう返されたから。




寂しくなって。






「恋とかには…興味はないんですか?過去に好きになった方とかは居ないんですか?」






恐る恐る聞くと、







「…興味がないわけじゃないが、女に不自由した事がないだけだ。過去に自分で好きだと認識した女は、二人だけだな…」







やはり、この人は…モテるんだ。




これだけの役者みたいなイケメンだもん。





顔だけで言い寄ってくる人も居たんだろうな。







「なんだよ…まさか…妬いてんのか?」






意地悪い瞳を向けられて……






「違います!」






全力で否定したけれど。





「…妬いてくれたのかと…思ったんだがな…」







もしかして……過去の二人のうちの一人が私なのでは?




なんて自惚れを、土方さんの言葉で感じたから。





土方さんに抱き付いて、私の彼にとっての存在価値を確かめたくなって…




聞いてみる事にした。







「私…少しでも…力になれてるんですか?」






腕の力を強くしてくれて……





「ああ…充分過ぎるくらいにな…」






なんて……言われたら、嬉しくて嬉しくて。






「…だったら…私は…土方さんから離れませんよ?」






告白とも取れるような事を口にしていた。





だけど、土方さんの瞳に捕らわれて。






「…離れるな…」






現代では、もう見ることのない蛍達が、




照らしてくれる灯りの中で。






もう、数え切れないくらい交わされたキスだけど。





はじめて、切ないと思うキスじゃなかった。





幸せな、幸せ過ぎるキスだった。
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