どうも、薬作りしか取り柄のない幼女です

 狭間の森は、崖の国と聖森国の間にあるから狭間の森なのだ。
 崖の国、聖森国、両方にいられなくなったものが流れ着く場所。
 つまり、この村にいる時点で、私もそういう人に言えない事情がある者——と、いうことになる。
 その通りだ。

「実は狭間の森にはここのような半獣人の村がほかにも七ヶ所ほどあったんだ。でも、昨日立ち寄ったら隣の村が魔獣に襲われてほとんど壊滅しててね……」
「えっ」
「魔獣除けのお香を多めに負いていこうと思ったんだけど、そんなお金払えないからと断られたんだ。ミーアの服の入った箱の中に一ヶ月分入れておいたから、あとでみんなに渡しておいてくれないかな?」
「! わ、わかりました!」
「よろしくね」

 この人、本当にかなり頭がいい。
 私に服を与えるという名目の元、カーロの様子を見に行ったり村の人に魔獣除けのお香をお断りされることなく渡したり、一度の行動で多くの効果を出している。
 でも、どうしてそんなによくしてくれるのだろう。
 その疑問も、タルトの両親の話を聞いたら納得だ。カーロのことも……。

「……」

 居場所を失った。
 もう帰れない。
 生き甲斐も夢も失った。
 第二の人生とは言ったけど、急に自由になったらなにをすればいいのか宙ぶらりん。
 ここで暮らしていくしかない。
 でも、ここの人たちは皆優しく支え合っている。
 悪い人はいない。
 みんなお互いの痛みを理解している。
 だから多くを口にはしないし——私がこの村にたどり着いた経緯を誰も、聞かないのだろう。
 村人たちの気遣いが痛いほど、伝わる。
 大変な目に遭ったんだろう、もう大丈夫だよ、と。

「お、戻ってきたか。ルシアスさん! 会計を頼むよ」
「ミーア、おかえり。ルシアスさんに服をもらったんだってな。よかったなぁ」
「服のこと気づいてあげられなくてごめんねぇ。そうよね、人間なんだもの、可愛い服着たいわよね。だめねぇ、やっぱり半獣人は……そういうことが全然わからなくて」
「そ、そんなことないですよ!」

 荷馬車に戻ると、みんなが欲しい商品を片手にルシアスさんを待っていた。
 その中で村の人たちが口々に私のことも案じてくれる。
 いくら風聖獣様が連れてきて、加護までもらっているとはいえ——口で言わずとも、態度や眼差しで十分すぎるほど……。

「……っ」
「ミーア!? どうしたの!」
「どこか痛むのか!?」
「ルシアスさん、ポーションは売ってないかね! わし、これ買うのやめるから一本ミーアに売ってあげてくれ!」
「ち、違う……違う、です!」

 突然泣き出した私に、村の人がみんな、同じように慌て始める。
 あれ、おかしい。
 止まらない。

「大丈夫よ、大丈夫。ここには怖いものなんてないからね。怖いものが来たって、アタシらが追い返してやるから」
「そうだぞ、ミーア。なんにも怖いものなんかないからな」
「ミーア! どうしたの!」
「っ」

 ダウおばさんの声。
 きっと竈場の掃除が終わって、なにか買いに来たのだ。
 それなのに私が泣いてみんなに慰められてるから、悲鳴みたいな声をあげて駆け寄ってくる。
 柔らかな羽毛に包まれ、「大丈夫よ」と何度も声をかけられた。

「もう大丈夫なのよ、ミーア。あなたをいじめるものも、寂しいのも、悲しいのもつらいのも、我慢しなくていいのよ。よしよし、つらかったわね。大丈夫よ」
「うっ、うっ……ううううっ! ううううっ!」

 寂しい?
 悲しい?
 つらい?
 背中をぽんぽん撫でられたら、私の——大人の私の姿が見えた。
 聖殿では私語は極力慎むように教えられる。
 上の子たちは上の子たちで私を除け者にした。
 私が十歳の時にステータスを授けられ、最初から[薬草知識]を持っていたからだ。
 ……そんなの上の子たちが薬草摘みをサボってたから、私がその分やってたせいに違いないのに。
 下の子たちだけが、私をしたって話を聞きたがる。
 だから下の子たちとばかり喋っていた。
 それも薬師になって、お城に召し抱えられるまでの話。
 城の薬師になったらそこは足の引っ張り合いばかり。
 人と話すことはなくなり、私は個人工房を持つことを許され、そこに引きこもってただ、無心で最上級ポーションの研究を続けた。
 人と、話す。
 それが楽しいことだと、思わなくなった。
 その楽しみを忘れていった。
 一人に慣れて、孤独が平気になっていく。
 顔を動かす機会もなくなり、鏡を見ても無表情で暗い自分の顔を見るのが嫌になった。
 そのことでますます孤立していくのに、変わるきっかけもなく二十年近くの歳月独りぼっち。
 心の支えは、幼少期話し相手になってくれた聖殿の下の子たち——あの子たちが裕福で幸せに暮らせるようにと薬を作り続けること。
 そして、孤独を紛らわせるため最上級ポーションを開発する研究に没頭した。
 人の目は冷たい。
 周りはみんな敵。
 いえ、私に興味を示さない、私を薬の製造機のように思っている。
 人ではなく、物。
 すっかり忘れていた、人のあたたかさ。
 そうか、私は寂しかったのか。
 悲しかったのか。……つらかったのか。
 ダウおばさんに言われて、ようやく気がついた。
 私は——ずっとつらかったのだ。
 つらいと感じる心が麻痺してしまうほど……孤独に慣れて。
 でも、本当は……誰かと、楽しくお話したかった。
 聖殿での楽しかった思い出をくれた下の子たちへお返しがしたかったんじゃない。
 与えた分、返してほしかったのだ。
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