どうも、薬作りしか取り柄のない幼女です
「お、おはようございます」
そう心に決めて、タルトのあとについてダイニングへ。
扉はなく、羽根で作られた暖簾をくぐる。
そこにいたのはダチョウのおばさん、ダウおばさんと金の髪をした人間の男の子。
立派なもっふるもっふるとした全身を揺らしながら、長い首をこちらに向けて「アラアラ〜」と目を見開くダウおばさんが、ここの家主。
崖の国が狭間の森に捨てる子どもを拾っては、面倒を見てくれる獣人なんですって。
今はタルトとカーロ、そして私を含めて三人の孤児がこの家に住んでいることになる。
「もう熱は下がったの?」
「はい、助けていただき、ありがとございました」
「いいのよ〜。じゃあみんな揃ったし、改めて自己紹介しましょうね。アタシはダウよ。こっちに座ってるのがカーロ」
「…………」
「カーロ、声出ない」
「! そうなの……」
タルトが首を横に振る。
テーブルに向かって座っていたカーロは、私を一瞥しただけで、そのまま食事を再開してしまう。
その様子にダウおばさんは「耳は聞こえてるみたいなんだけどね〜」と羽根を頬に添える。
せっかく同じ人間だから、仲良くしたかったんだけどな……。
声が出ないのは、病気? 生まれつき? 私の作る薬で治せないかしら?
そこまで考えたけど、さすがにそれは余計なお世話だと思った。
もしかしたら、精神的な理由から話せないのかもしれないものね。
「カーロ、多分髪の毛金色だから捨てられた」
「え? なんで……」
と言いかけて思い出した。
崖の国は火聖獣様を信奉する国で、それ以外は闇聖獣様しか認めていない。
それは世界の成り立ちで、五つに分かれた聖獣様のうち闇以外の四体がヒトからの信仰を奪い合い、争いを行なったから。
しかし、すべての聖獣の力は同等であったため、火聖獣様は敗北して断崖絶壁の土地に追いやられた。
唯一火聖獣様を崇めていた毛のない種——人間は、崖の国を作り、争いで傷ついて眠る火聖獣様に祈りを捧げ続けている。
そして、火聖獣様をそこまで追い詰めた他の聖獣を許さず、その加護を得たと思われる者を差別するのだ。
金の髪といえば土聖獣様の加護を与えられたのではないか、という色。崖の国ではとても珍しい。
崖の国は基本的に茶色い髪の者が多いし、火聖獣様に加護を与えられた者や王侯貴族は赤毛が多いのだ。
ただ、聖殿では髪の色は験担ぎ以上の意味はなく、聖獣様の加護は聖獣様に直接お会いして認められなければ与えられない——と教えられる。
だからカーロの髪が金髪なのは、聖獣様とはなんら関係がないのだ。
それなのに金髪だから、他の聖獣様の加護を与えられた不吉の子だ、と捨てられたのだとしたら……ひどい話である。
崖の国はその誕生の経緯から、敗者の国として聖森国に見下されているので、どうも国民全体が卑屈であるように思う。
その卑屈さゆえに、他者に厳しく、我が儘なのだ。
聖殿で正しい教えを受ければ、そんなこと気にならないと思うのだけれど……。
「でも、カーロ、頭から赤い毛も出てるよ?」
「うん。赤い毛もある」
それでも捨てられたのだろうか?
まあ、けど、金髪に一房だけ赤い毛っていうのも変に目立つもんね……?
「アラアラ、そんなこと言わないのよ、タルト。それで? お嬢ちゃんお名前は?」
「あ! ……え、えっと、ミ、ミーアと申します……」
「アラアラ! 礼儀正しいのね! ミーア、ご飯を食べ終わっているなら風聖獣様お礼を言いにお行きなさいな! あなたをこの村に連れてきたのは風聖獣様なのよ! 風聖獣様は基本的に、ユグラスの谷の奥にいらっしゃるの! でも、あなたがそこに落ちてきたそうよ!」
「え……そ、そうなんです、か?」
ダウおばさんは「アタシも詳しくわからないけど!」と言いお尻をプリップリ揺らしながら私の持ってきた木皿を回収する。
一瞬触れた羽根は五枚ほどがとても固い。
これが人間でいうところの指の役割を果たしているのだろう。
それ以外の羽根はふわふわで、素晴らしい肌心地だった。
よろしければ、そのふわっふわした全身に埋もれさせていただけないだろうか? 一度でもいいので。
「タルト、案内しておあげ!」
「いいぞ。行く?」
「う、うん、行く」
カーロはまだ食事中。
タルトは私に食事を持ってきてくれる前に食べ終わってるそう。
そんなタルトに案内されて、私は初めて、村の全貌を見た。
「…………」
ええ……? 狭っ!
そ、想像以上に狭い!
村の端がここから見える!
そしてほぼすべての家々がほったて小屋!
藁の屋根に、隙間の空いた壁、パッと見ただけでもご近所さんは十軒ほど!
森との境には木の柵が設置してあるけれど……あれは意味があるのだろうか……?
「ま、魔獣、入ってこないの?」
「来る。でもみんな強い。問題ない」
「そ、そうなんだ」
柵があっても魔獣が入って来るんじゃないか!