どうも、薬作りしか取り柄のない幼女です

「……ミーア、魔獣よく知ってる」
「え? あ、う、うん」

 魔獣——この世界に蔓延る、邪悪な獣。
 古の聖獣同士の戦い、聖獣大戦で生まれたと言われるモノ。
 生き物を襲う習性があり、その生態はとにかく『殺すこと』に特化している。
 強い魔獣は倒すと分裂・増殖する。分裂・増殖したものはとても弱いので、弱いうちに倒せば被害は少なくて済む。
 しかし一定のレベルを超えた魔獣は【分裂】を覚え、倒せば増殖する。
 人間と獣人は、これを繰り返す魔獣と今も戦い続けているのだ。
 まあ、弱い魔獣は薬の素材にもなるので……私のような薬師にとって、一概に悪いものと言い切ることもできないのだけれど……。

「こっち」
「うん」

 でもまずは、風聖獣様にご挨拶とお礼をしなければね。
 谷にいると聞いたが、タルトは村の近くの祭壇に案内してくれた。
 平な岩が敷き詰められ、風聖獣様が快適に過ごせる寝床となっている。
 風聖獣様——この……巨大な毛玉が?

「風聖獣様! ミーア連れてきた!」

 タルトが声をかけると、()()は動く。
 ぽよんぽよん、と飛び跳ねて、ゆっくり埋もれていた首が(もた)げる。

『おお、元気になったのだな』
「っ!」

 鳥だ。
 三メートルくらいある、大きな鳥。
 尻尾の先が少しだけエメラルドグリーンの、ちょっとだけ首の長い丸々した鳥!
 これが風聖獣様なの?

『我は風聖獣と呼ばれている。娘よ、名は?』
「ミ、ミーアと申します。あ、あの、た、助けていただき、ありがとうございました」

 頭を下げると、その頭にふわりと羽根が載る。

『よい。それよりも、そなたと落ちてきたあの液体はいったいなんだ?』
「!」

 私と一緒に落ちてきた液体?
 なんのことかわからないけれど、頭を羽根でなでなでされてて頭が上げられない。
 仕方ないのでその状態のまま「なんのことでしょうか」と聞けば、私は風聖獣様がいた谷底に突然落ちてきたらしい。
 ……あの時の浮遊感は、本物だったのか。
 毒を作り、飲んだ時に苦しみのあまり悶絶し、谷に落ちたのだろう。
 そして風聖獣様にかかったという液体というのは、私が作り、飲んだ毒のことだ。
 どう説明したらいいか悩みつつ、しかし毒を聖獣様の体にかけてしまったという罪悪感と恐怖の方が大きい。
 まさか、それが原因で聖獣様にもあの苦しみが?

「も、申しわけありません! あれは、私が作った毒です!」
『毒、とな?』
「は、はい。私、帰る場所がなくなってしまったので、その、ヤケになって……自害しようと毒を作ったのです……」
『なるほど、それであれほどの高熱を……』

 私は毒に悶え苦しみながら、知らぬうちに風聖獣様の寝床である谷に落ち、助けてもらったらしい。
 しかもピンポイントで風聖獣様の真上に落ちるなんて……。

『そなたが我の上に落ちてきたのは、闇のやつがそなたに死ぬな、と言ったのだ。命を粗末にしてはいけない。まだ若いならば尚更だ』
「……はい。肝に銘じます」
『では、我の上にかかった液体は毒か。しかし、あれを浴びてから我の体調はかなりよい。このように村のそばの祭壇に、来れるほど』
「……え?」

 聞けば、風聖獣様は普段ユグラスの谷底を寝床とされている。
 理由は谷底は風の通り道になっているから。
 聖獣大戦でそれぞれ怪我を負った闇以外の成獣様。
 皆、それぞれ自分の体に合った場所で今も回復を図っているのだそう。
 信じられない。大戦があったのは遥か昔のはずなのに。
 それほどまでに凄まじい戦いだったのね……。
 けれど、私が作った毒薬は風聖獣様のお怪我によく効いたらしい。
 体調が回復し、狭間の村の近くに村人が作ったこの祭壇にやって来た。
 村人の生活をここから見るのが好きなのだという。

『もし可能なら、また作ってもらいたいのだ』
「え! あの毒を、ですか?」
『人間には毒のようだが、我には良薬のようだからな』
「…………」

 なんということだろう。
 まさかあの毒薬が風聖獣様にとっての良薬になるなんて。
 でも種族が違えば効果も変わるものなのかもしれない。
 あの毒はこれまでの知識を基に、人間の体には間違いなく良くないものを混ぜ合わせて作った。
 ただ、材料のうちのひとつ……[マナの花]だけは、初めて使う部位——根の部分を加工して使ったのよね。
 あの[マナの花]は素材として非常に希少であり、効果は研究中のものが多い。
 唯一わかっているのはマナを大量に含んでいるという点と、一年に一度しか咲かないという点。
 そういえば……[マナの花]の研究は私が始めたんだっけ。
 私は薬師として、ここ五年間上級ポーションの上——最上級ポーションを完成させたくて、さまざまな素材に手を出していた。
 ポーションには病気や怪我を症状種類関係なく癒す力がある。
 ただ、専門薬に比べて効きはあまりよくない。
 私は薬師として、このポーションをありとあらゆる怪我、病をたちどころに治してしまう万能薬にしたかった。
 そのための研究を、仕事の傍ら続けていたのだ。
 私の固有魔術【叡智(えいち)】と【薬賢者(やくけんじゃ)】、そしてその二つをかけ合わせて使用する【紋章製薬(もんしょうせいやく)】は上級ポーションを、従来の半分の素材量で、倍の量を精製するに至った。
 しかし、それでも最上級ポーションには至らない。
 ならば素材を増やしてみてはどうだろう?
 そう考えて、さまざまな素材を研究していたというわけだ。
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